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親と子、祖父母と孫との会話の先に世界地図があった

ファイル 269-1.jpg 「イスラム国」壊滅作戦の終盤と言われた先週、孫娘が我が家のバアバに“アフリカの国境線がなんで真っ直ぐか知ってる?”と問うたと言う。そう言われた私は一瞬何のことを聞かれたのかと判断に窮したが、やがて徐々にわかってきた。いつの間にそんなことを言う年頃になったのかと驚くとともに、中学一年生の地理の教科書はそんなこともネタになっているのだと少なからず驚いた。そんなことは当たり前だという人もいようが、そんなことを教わった記憶がない私には(たぶん忘れたのだろうが)、それは大事なことだと直感した。
 孫娘からその教科書(帝国書院)の4か所の写真をもらって、2枚の組写真にしてここに提示する。1枚目の写真は、その教科書の表紙と国境線には様々なタイプがあるという図の写真である(写真はクリックで拡大してご覧ください)。ファイル 269-2.jpgその図の左上には北東アフリカの真っ直ぐな国境線が見えるが、それ以外はおおむぬ曲がりくねった線の図で対照的である。その説明は2枚目の写真にあり、一般には自然を利用した国境線が多く、直線的な国境線は緯線、経線などを利用したものであり、アフリカ州に多いとある。そしてそのような国境線は、“アフリカの植民地化を進めたヨーロッパ諸国が、それぞれの都合で引いたもの”と断定されている。
 このような直線的な国境線が引かれた地域は、そこに住む人々、民族などが様々な歴史とは無縁な形で分断されたことが容易に想像され、それがその後の紛争の大きな背景となっているのは事実であろう。もちろん、紛争の歴史はそんな国境線の問題だけではなく、ヨーロッパ列強が世界中で引き起こした覇権争いが極めて深刻な影響を及ぼしたことはもちろんである。
 ちょっと話題を「イスラム国」に戻せば、「イスラム国」が明確に発生したのはアメリカのイラク攻撃に端を発するといわれる。ファイル 269-3.jpg当時ニクソン大統領が、イラクが大量破壊兵器を隠し持っていると断じて攻撃を行ったことが原因の一つともいわれる。しかし、それ以前からアラブの世界を列強の意のままにしようと介入を続けたイギリスやフランスなどの責任は免れない。その戦闘や謀略の有様は、「アラビアのロレンス」(1962年)という長編映画に詳しく描かれ、今でもまたみるべき映画だと思っている。
 その「イスラム国」が3年間支配していたモスルをイラク軍が奪還したとする報道(7月11日読売新聞)が3枚目の写真であり、そこには戦闘員が世界に拡散することが予見されている。そして4枚目の写真には、その主たる拡散先が政情不安なアフリカになることを報じている。そこはまさに直線的な国境線で仕切られた国々である。もしこのようなことが現実だとすれば、このような「イスラム国」まがいの紛争は今後も収まることは期待できないであろう。今の中東での紛争はかっての「アラビアのロレンス」の時代よりはるかに複雑になっており、その紛争の後ろにはアメリカやロシアの影が色濃くなってきている。したがって、このような紛争の現実やその種は世界中にばらまかれていて終息の方向には全く向いていない。朝鮮半島の38度線も同じである。せめてそのような現実を知る努力を細々とでも試みるしかないというのが、このブログを書く目的である。
 私たちは北アメリカ大陸は安定した地域であるとみなしがちだが、ファイル 269-4.jpgアメリカとカナダの国境線はほぼ直線でありいまでも国境問題は残っている。実はアメリカ大陸のヨーロッパ列強による分捕り合戦は熾烈を極め、カナダについてはイギリスとフランスがせめぎあいを続けた。この過程で、いわゆる先住民に対する過酷な攻撃は西部劇の題材となり、また17世紀の初めから国境周辺にはヨーロッパ商人と先住民との混血が進み、それらを交えた複雑な事情が「北西騎馬警官隊」(1940年)という映画にかなり詳しく描かれている。また、アメリカによるテキサス州取得に関してはメキシコとの多くの犠牲を伴った戦いがあった。それでも南北アメリカ大陸を通して中東などと比べて現在比較的紛争が少ないのはなぜか私にはよく理解できないが、憶測すれば混血が比較的早く進んだのもその理由の一つかもしれない。アメリカはもともと分捕り合戦の過程に生じた多民族社会であり、カナダではその人口の1%がヨーロッパ人と先住民との混血であるメティスであるとされており、驚くべき実態である。
 このように見てくると、国境線の形一つを眺めていけば様々な世界が顔を見せてくれる。今後も眺め続け、孫たちともそんなことをネタに会話ができれば幸いである。

温暖化対策の全面見直しと合衆国トランプ新政権

ファイル 264-1.jpg 私は今年1月末に「世界の大国米国に、理解しがたく信じがたい大統領が登場!」(http://www.unique-runner.com/blog/diary.cgi?no=260)との短いブログを書き、その最後に“これ以上なにも言いたくない!”と書いた。その気持ちは何も変わってはおらず、どんどん文句を言いたいことが増えてくる。シリアへのトマホークによる爆撃、そして北朝鮮との挑発ごっこなど危ない火遊びの連続である。北朝鮮はミサイルを発射実験をしたり核実験をしたりすればそれは挑発と受け取られ、アメリカをはじめとする国連安全保障理事会の面々は何をしてもそうは言われることはない。彼らは第二次世界大戦の戦勝国であり、いま敢えてやらないのはすでに十分に核実験もミサイル発射実験もやってしまっているからである。日本はアメリカの傘の下にいてロケット発射実験をしても何も言われないが、きっとアメリカは日本の技術を警戒しているはずである。まあ、いまはその話ではない。
 ここに一枚の縦長の新聞記事を掲載した。お読みいただければ幸いである。それは4月28日の読売新聞朝刊の記事で、ワシントン支局の記者・三井誠氏によるものである。冒頭に次のように言う「『オバマ政権が自分を盗聴した』など、証拠もなく独自の主張を展開するトランプ氏の姿勢は、科学の分野でも際立っている。そうした科学軽視の典型例が地球温暖化への態度だ。トランプ氏は『でっち上げ』と主張するなど一貫して疑問視し、3月28日には、オバマ前大統領が進めた温暖化対策を全面的に見直す大統領令に署名した。政権内には『温暖化研究は税金の無駄(マルバニー行政管理予算局長)という声もある」。今回の記事は、アメリカの研究者が研究結果の基づくことなく政策を進めるトランプ氏の姿勢に猛反発し始めたことを伝えるものである。そのことについて一言言いたくなったのである。
 このようなトランプ氏の主張は大統領選挙中から聞こえてはいたが、上の大統領令への署名によって明るみに出たのである。それにしても予算教書の骨格では、米環境保護局(EPA)の来年度予算を31%削減し、職員の2割にあたる約3200人を削減するとし、また世界最大規模とみられる米国立衛生研究所(NIH)の予算も18%減となる恐れがあり、医学分野につながる基礎研究に重大な影響が及ぶ恐れがある。このような新政権の姿勢は他の多くの基礎研究の分野にも多大な影響をもたらすと想像される。
 しかし、考えてみればアメリカは数々の分野で自国第一主義をちらつかせ、それを実行していたことは明白である。私の記憶にあるその最たるものは、京都議定書である。京都議定書とは、1997年12月に京都市の国立京都国際会館で開かれた第3回気候変動枠組条約締約国会議(地球温暖化防止京都会議、COP3)で同月11日に採択された、気候変動枠組条約に関する議定書である(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E8%AD%B0%E5%AE%9A%E6%9B%B8 )。アメリカはこの議定書に合意しながら、アメリカ合衆国政府は産業界の強い反対に会い批准することを放棄したのである。世界一の経済大国であるアメリカがこの問題を解決しようとせずに誰が解決できるのか!また、国連分担金の支払いもアメリカはたびたび拒否、あるいは拒否をちらつかせる態度を見せ続けている。結局、もともとアメリカは“アメリカ ファースト”なのであって、それに特に変化があったわけではないのである。ただトランプ氏があまりにビジネスライクに振る舞い、メディアとの、つまりはアメリカ国民との、そして世界中の人々との会話を真面目にしないために(SNSだけだ!)より極端に見えているだけなのであろう。もちろん、だからトランプ氏はそれでいいんだとは全く思わないし、それは困る!と言いたい。もしトランプ政権が今回の報道通りに地球温暖化問題を放置するのであれば、それは地球の将来を見殺しにする犯罪につながると言うべきであろう。
 私の本棚には「アメリカの戦争」(山崎雅弘著、学習研究社、2004)がある。これ以上戦争をやらないでもらいたい。私がこのように書くと、この書き物はあらゆる手段で探知され、記録され、私の素性はどこかで明らかにされているのであろう。最近発表された日本に対する13編のスノーデン文書(http://www.excite.co.jp/News/society_clm/20170426/TokyoSports_678465.html 、XKEYSCORE)はそのようなことを強く思わせるものであり、アメリカ戦艦の自衛隊艦船による護衛や安倍政権が強硬に推し進める「共謀罪法案」や憲法改正論議などを考えると世界の中の日本もある一点に向かって突き進んでいるように思う。嫌な世の中になったものだ。奇遇であることを願いたい。

世界の大国米国に、理解しがたく信じがたい大統領が登場!

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 個別のことについてはいろいろあろうけど、全体として理解しがたく、信じがたい。国内外に向けて“恫喝”に徹した政治ができるのは、米国が巨大であるからである。“民主主義国家”であっても巨大であれば恫喝政治ができるのだと世界に見せつけていて恐ろしい。世界大恐慌、リーマンショックなどを繰り返してきた大国は、再び世界に自らの失敗のツケを払わせるのか。その代償はいずれ自ら払わなければならない。これ以上なにも言いたくない。

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