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前立腺がんに対する「高線量率組織内照射」治療、その後(3)~がん細胞の100%排除は至難の業だ~

 私の前立腺がんが見つかったのは定年退職の前年の暮れであった。そしてその次の年の夏に、当時まだそれほどデータは蓄積されていなかった「高線量率組織内照射」と呼ばれる放射線療法を大阪大学附属病院で受け、完治を目指した前立腺がんとの長い付き合いが始まった。そして、前立腺がんを患っておられる多くの方々の参考にすべくかなり詳しい報告「前立腺がんに対する『高線量率組織内照射』治療の体験」をその年の暮れに私のホームページに発表した(http://www.unique-runner.com/zenritsusen4.htm )。思いがけないことにその報告は多くの方々に読まれて治療の参考にされたことが徐々にわかってきたため、さらにそれが有効になるようにと2年後に簡潔な「前立腺がんに対する『高線量率組織内照射』治療、その後(1)」を(http://www.unique-runner.com/zenritsusen_sonogo1.htm )、さらに「・・・・・その後(2)」を7年後の2010年に同じくホームページに発表した(http://www.unique-runner.com/zenritsusen_sonogo2.htm )。
ファイル 234-1.jpg 今回この日記帳に場所を変えて「その後(3)」を発表しておきたい。今回この報告を書く気になったのは思いがけないデータであった。私の放射線治療は2003年の夏に行われ、それ以降は慎重な経過観察に終始してきた。しかし2009年にかけてじりじりとPSA値が上がり始めた。それについては2つの説明が可能で、一つは放射線治療で死なずに残っていたであろうがん細胞が少しずつ増殖して数を増やしてきたとする考えと、もうひとつは加齢に伴う前立腺肥大(全摘出手術ではないので前立腺は存在する)、つまりがん化していない前立腺細胞の増加によるPSAというたんぱく質産生の増大である。
 私は後者の前立腺肥大による値の上昇をもっともありそうなこととして考えたかったが、前立腺がんの専門医師は、放射線治療後のPSAの最低値(私の場合には1.12)に2を足した値を超えた時には、それを「再起動」、つまりは「再発」と考えるとのある種の決まりの上に立った治療をするべきと述べられ、カソデックスというホルモン関係の薬剤の投与を私は受け入れた。掲載したグラフの写真のちょうど真ん中より右あたりの小さいがしかし明らかなピークの時から使い始めたのである。その薬剤の効果は確実で、直ちに数値が下降線をたどったことで証明された。
 その薬の使い方は、できるだけ耐性のがん細胞が出現するのを嫌って3か月に2週間というように間欠的に投与する方法をとった。ただ、そのデータをグラフにしてみると、その薬の投与後も少しずつではあるが値の上昇がみられている。少し不気味な感じであった。その流れが止まらないので、3か月に3週間薬を服用するように強化して一応平穏を保ってはきたが、思いがけなく昨年11月暮れ、関東への引っ越しの直前になって、3.3→5.38と一挙に上昇し、くすりを止めるとどの程度上昇するのかを1か月間様子を見たところ、5.38→6.66へと下がることなく上がり続けた。
 そこで、これまでの薬を間欠的な投与をやめて毎日服用することとし、さらにちょうど神奈川県への引っ越しと重なったため、阪大病院から紹介された横浜市立大学医学部付属病院で安全のために別の新しい薬、オダインに切り替えて一日3回服用して落ち着かせることとした。そのデータは、グラフの一番右側のデータであるが、最大に上がった6.66から3.39→3.16へと急降下となり、薬が効くことが明らかになった。
 私の治療が始まってから既に13年目になるが、やはりそう簡単には完治と言えないのだとつくづく思うこととなった。がん発生のメカニズムが分からない現在それは当然ではある。だから、私たちにできることは、病気をとことん理解する努力を払い、用心深くデータを見続け、変化があればその都度的確な治療を選択するということだけだと思う。「これでもがん治療を続けますか」(近藤誠著、文春新書)と題する話題の本は、そのことを考えるときに役に立つ本だとは思う。

「STAP細胞論文問題」について思うことを率直に

ファイル 221-1.jpg 私は2月に以下のような書き出しで、元気な若者の代表としての女性研究者のことをこの日記帳に書いた。「2014年1月30日の読売新聞朝刊の大見出し『新型万能細胞 作製』とともに、若々しい女性研究者である小保方晴子氏の顔写真には驚いた。この思わぬ方法による万能細胞の作製に成功したのは、30歳という若い理化学研究所発生・再生科学総合研究センターとハーバード大学のグループである(STAP細胞、stimulus-triggered acquisition of pulripotency)」。(http://www.unique-runner.com/blog/diary.cgi?no=216 )。
 ところがその新聞発表以降、様々なメディアでその論文の持つ問題が報じられるようになり、ついに写真(東日本大震災3年の左側部分)のように論文の撤回をも視野に入れて検討されるようになってしまった。どうしてそんなことになってしまったのであろうか。私自身大いに期待していたし、多くの期待を一身に浴びていたにもかかわらずである。私はこれまで科学が抱える多くの問題について書かれた刺激的な題名の本を読む機会があった。曰く「きわどい科学」(白楊社)、「背信の科学者たち」(化学同人)、「奪われし未来」(翔泳社)、「科学革命の構造」(トーマス・クーン著、みすず書房)、「生物学の革命」(柴谷篤弘著、みすず書房)などなどである。しかし、私たちにとって最も身近で千円札で有名な野口英世の問題についても、「生物と無生物の間」(福岡伸一著、講談社現代新書)の冒頭部分にかなりのスペースを割いて書かれている。そのようなことを頭に入れながら今回のことについて思うことを率直に書いてみたい。
 論文に使用した画像がほかの自らの論文から重複して使用されていたなどなどの点については、それらの指摘は正しいのであろうし、研究者としてやるべきことではない。しかしこの世に生きる研究者たちは、純粋に清廉潔白な人間集団であるはずもなく、この世にうごめく普通の人間の集まりであって、彼らの置かれた状況に強く影響される存在であることを見逃すわけにはいかない。
 上の福岡伸一氏の本にも次のような部分がある「ロックフェラーの創成期である二十世紀初頭の二十三年間を過ごした野口英世は、今日、キャンパスではほとんどその名を記憶するものはない。彼の業績、すなわち梅毒、ポリオ、狂犬病、あるいは黄熱病の研究成果は当時こそ賞賛を受けたが、多くの結果は矛盾と混乱に満ちたものだった。その後、間違いだったことが判明したものもある。…(中略)…パスツールやコッホの業績は時の試練に耐えたが、野口の仕事はそうならなかった。…(中略)…野口の研究は単なる錯誤だったのか、あるいは故意に研究データをねつ造したものなのか、はたまた自己欺瞞によって何が本当なのか見極められなくなった果てのものなのか、それは今となっては確かめるすべがない。けれども彼が、どこの馬の骨とも知れる自分を拾ってくれた畏敬すべき師フレクスナーの恩義と期待に対し、過剰に反応するとともに、自分を冷遇した日本のアカデミズムを見返してやりたいという過大な気負いにさいなまされていたことだけは間違いないはずだ。その意味で彼は典型的な日本人であり続けたといえるのである。」
 研究者とは、多かれ少なかれ基本的には上に引用したような存在であることを忘れてはならない。さらに、現在の科学界とそこに生きる研究者たちの状況は、野口英世の時代よりはるかに苦しいといってよいであろう。理研の状況を詳しく知るわけではないが、小保方氏は研究ユニットリーダーだと言われているが、彼女もまた期限を切られた、いわゆる期限付きポストにいるものと思われる。かって大学の教育・研究者はそのすべてが期限を切られない、いわゆるパーマネントのポストであったが、いまから15年ほど前からであろうか、若い人たちのポストが大幅に期限付きとなり、その間に顕著な業績を上げなければそのポストから解雇されることが常態となり始めていた。さらに、かっては一定の枠内では研究費が定常的に配分されていた配分方法が大幅に変更され、どの程度の業績を上げたか、論文をどのレベルの雑誌にいくつ書いたのかなどを審査され、その程度に応じて研究費が配分される仕組みに変更されてしまった。その結果、研究分野に偏りが発生し、本来大学などがやらなければならない分野が極端に縮小されつつある。
 また、大学院生の数を大幅に増やした結果、若い人たちにとってはポストに就く機会が著しく減少し、職を得たとしても期限付き(2、3年あるいは5年)となり、また追い打ちをかけるように研究費獲得競争が激烈になってきてしまった。若い人にとっては暗い時代に突入したのである。昔言われたという“すえは博士か大臣か”なんてとんでもない状況になってしまっている。これは日本中のあらゆる分野に生きる若者に共通する暗い現実であろう。
 もうひとつ「論文」のことを書いておこう。論文とは研究した内容を広く世界に公にするためにいまでは主として英語で書くもので、内容に応じて様々なレベルの雑誌(日本語では「雑誌」というが、英語では"Journal"と呼ばれ、その代表格がnatureやScienceと言われる)に掲載を求めて“投稿”して(submit)“受付け”られる(received)。投稿された論文はその内容を検討する2、3名から数名の専門家に回されて検討され、問題がなければただちに“受理”され(accepted)、印刷に回されることになる。もちろんお金が要る。しかしほとんどのケースでは審査員(査読者、Referee)から文章などの誤りの訂正、内容を確かなものにするための再実験や書き直しが何度となく要求され(これを“査読(review)”という)、その訂正に何か月も、あるいは1年以上かかることもある。そのための長い時間を費やしても結局“拒否”されて(rejected)掲載に至らないことも稀ではなく、その時間は著者たちにとっては苦しくまた他の研究者にその成果を横取りされる危険をはらんでいる。このような危険を避けるためにいまでは、雑誌によっては著者側が査読者(Referee)を指定する、あるいは査読者になられては困る研究者名(たとえば同じ分野を激しく争っている)をあらかじめ雑誌側に知らせる制度すら存在する。そういうこともあり、実験技術や実験結果の微妙なところは詳しく書かないケースは何ら珍しいことではなく、そう簡単に再現実験ができるとは限らないのである。
 このようなあらゆる状況は、一刻も早く論文の査読をパスして掲載にこぎつけなくてはならないことを著者たちに促し、このような時に内容の不十分さや書きなおし方の間違い、使用すべき画像のとり違い、文献引用の忘れなど、無意識であれ意図的であれ様々な失敗を犯すことになる。それは、研究結果が衝撃的であればあるほど、とにかく一刻も早く公にしたいという気持ちがなせる業であろう。著名な研究者の論文であろうともこのような間違いなどは散見されるのが普通である。
 今回の問題で、写真の記事にあるように論文を撤回することになる可能性は高い。論文というのは、その時点での実験結果に対する自らの評価を表現するものであり、絶えず間違っている可能性を含んでいる。それは、自然科学であれば我々が持つ自然に対する知識量がいまだきわめて微々たるものであることにもよる。したがって、どのような論文もそれなりに価値を持ち、その中での研究結果の解釈が間違っていたとしても、それにチャレンジするほかの研究者がいればそれはいずれ乗り越えられることにつながるであろう。今回の論文は、それをきちんと読んでない私が軽々に言えないかもしれないが、これだけの反響をもたらすことを承知で出されたのであるから、その再現性が乏しくとも、著者たちはSTAP細胞は確かに存在するとの確信を持っているのだと思いたい。
 よく、論文内容についての議論で“再現性”という言葉が使われる。今回のSTAP細胞の再現性もあまり高くないと当初言われていたように思う。もしそうなら、他の研究者が再現実験を試みてもそう簡単にいかないことは十分に考えられる。それをもって再現性に乏しいと非難するのが正しいのか、そのような微妙な実験条件でしか生まれない興味津々たる現象で、一刻も早く公表しなければならないものだと認識するのかは議論の分かれるところであろう。理研内の他の研究者によってSTAP細胞はできているとの声もある。小保方氏らの論文が雑で科学論文として受け入れられないという声に押されてこの結果を抹殺するのか、もう一度詳しい再現実験を待つのかは理研の科学者の度量に依存するし、理研という組織のありようにかかわってくる。“出る杭は打たれる”にはしてほしくない。この再現性の問題は、あまりに偏狭に取り上げすぎると自然科学の発展を大きく阻害する可能性すらあると私は考えている。逆の言い方をすれば、論文の責任はあくまで著者たちの責任である。
 2010年に雑誌“Science”にアメリカNASAの研究者がカリフォルニアのモノ湖にヒ素を食べるバクテリアがいる、との驚くべき結果を報告した。私もそれにコメントしたが(http://www.unique-runner.com/blog/diary.cgi?no=114 )、その後それが他の研究者によって追試できたという報告はなさそうである。それでも私はそのことがありうるといまだに考えている。
 STAP細胞が実際に作り出せるとの報告が、どこからか出されるのを私は首を長くして待っている。理研も、もし撤回することになったとしても、著者たちに詳細な再現実験を試みるチャンスを与えてほしいと私は切に希望する。野依良治理事長の真価が問われるところである。

頑張る若者、ダメな大人たち

ファイル 216-1.jpg 2014年1月30日の読売新聞朝刊の大見出し「新型万能細胞 作製」とともに、若々しい女性研究者である小保方晴子氏の顔写真には驚いた(1枚目の写真)。この思わぬ方法による万能細胞の作製に成功したのは、30歳という若い理化学研究所発生・再生科学総合研究センターとハーバード大学のグループである(STAP細胞、stimulus-triggered acquisition of pulripotency)。万能細胞作製は、ノーベル賞受賞者の京都大学・山中伸弥教授の4つの遺伝子導入によって作製する方法が革新的なものとしてノーベル賞の対象となったが(iPS細胞、induced pluripotent stem cell)、今回の方法は思いがけない簡単な方法によって作製されるものであることにまず驚いた。マウスの細胞を弱酸性の液にわずか30分間浸すだけという。もちろんさまざまな方法が試されたようであるが、この方法が最も簡単で効率が良かったとされる。さらに作製された細胞はiPS細胞よりさらに万能性が高く、ファイル 216-2.jpg胎盤にも変化しうるという。さらにこの方法の利点は、作製期間が大変短く、また初期化のために遺伝子導入を行っていないことから作製された細胞のがん化が低く抑えられる可能性が高いことだろうと思われる。
 このように一度分化した細胞が受精卵細胞が持つ万能性の方向に戻ることを細胞の初期化というが、その程度には様々な段階があることがこれからもうかがえる。もちろん、植物では初期化が比較的簡単に進むことを接ぎ木や挿し木などを通して我々は知っているし、私たちの体の中では、胃、小腸、食道や気管支などで何らかの刺激で一度分化した細胞が別の細胞に変化している例が知られている。考えてみれば、いずれも胃という強い酸性の場所に近いところではある、と勘繰ることもできそうである。私は若いころ(1972年)に細胞の初期化のことを、実験はしなかったがかなり突っ込んで考察したことがあり、それは日本語の文章として私のホームページに掲載している(http://www.unique-runner.com/nakanishi_kato3.htm )。ファイル 216-3.jpgそんなこともあってこのような課題についてはすごく興味を持っており、今後も注意深く追跡してゆきたい。今回報道された研究内容がさらにほかの研究機関で追試・確認されれば、山中教授の受賞が障害になる可能性はあるが、ノーベル賞の可能性もあると私は考えている。
 2枚目の写真は、2月3日の朝刊で、若手ダンサーの登竜門として知られるローザンヌ国際バレエコンクールの決戦で1位が松本第一高校2年の二山治雄さん(17)、2位が横浜翠陵高校1年の前田紗江さん(15)と1位と2位を独占し、さらに6位にはモナコ王立グレースバレエアカデミーの加藤三希央さん(18)が入ったとのことであった。この分野には全く疎い私でもこれは快挙であり、素晴らしい活躍であったのだろうとわかるし、うれしい限りである。
 3枚目の写真は、1月24日の読売新聞朝刊の記事で、以前から大いに話題になっていたプロ野球楽天のピッチャー田中将大君(25)がメジャーリーグのヤンキースと契約したとの報道である。7年契約で、総額161億円という破格の条件での契約であり、ファイル 216-4.jpgいろいろな意見があるが、大いに腕試しをしてきてもらいたいものである。彼が居なくなった後のプロ野球界の発展は、球界の関係者が若い人を大いに育てることに尽き、今後とも若い人の意欲を摘み取るようなことのないよう希望したい。
 4枚目の組み写真は、籾井勝人NHK新会長と橋下大阪市長(日本維新の会共同代表)に関する記事である。左側にある籾井会長に関する記事は、記者にしつこく問いただされた慰安婦問題で、「あってはならないことである」ではなく、「大戦中はどこにもあったことだ」と正当化してしまったことに対する強い批判に対して政府は不問とするとの記事でありファイル 216-5.jpg(この彼の発言は撤回したらしい、2月5日)、右側はいつものことだが自分の思い通りにいかなくなると選挙に打って出るという橋下氏の話である。私から見るとどちらも開いた口がふさがらないと言うしかない。ばかばかしくて議論したくもないが、籾井氏については「政府の言うことと反対のことを言うわけにもいかず…」のようなことも語っており、報道機関のトップの資格はもちろんあるわけもなく、早く辞任すべき、あるいは辞任に追い込むしかない。橋下氏も時間がかかりすぎるとのことばかり問題にせず、もっと説得力のある区割り案や都構想の絶対的なメリットを持ち出せないことを自らの問題とすべきだと思われる。当初はともかく今になってみると、都構想のメリットは必ずしも「大阪都」にしなくとも実現できることばかりのような気がするし、多くの市民・府民もそう感じ始めているようである。拙速はやめるべきだろう。
 5枚目の写真は、ますます外国からの批判が強くなっている日中・日韓関係に関する記事である。これまで中国や韓国の反日教育に対して文句を言っていた日本が、尖閣諸島や竹島は日本古来の領土であると中学校・高校の教科書に明記すると決めたのである。これは相手側から見れば反中・反韓教育ということになり、これでまた、靖国神社参拝に加えて教科書問題においても相手側に格好の攻撃材料を与えたことになる。すでにこのブログで書いてはきたが、私とて文句を言いたいのである。あの戦争は侵略戦争だったと言わない、言えない安倍首相の本心がますます露骨にあぶりだされてしまうであろう。残念ながら、それはすでに日本版NSCや特定秘密保護法、また教育委員会制度改革をめぐる議論などに強く表れてきている。
 このように見てくると、文句ばかり言われる若い人たちの世界相手の活躍が目立つ一方で、われわれ大人のふがいなさが際立つ。さて私は今以上に何ができるのであろうか、と考え込んでしまうことの多い毎日である。

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