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暑さと弱気の虫に負けました!

ファイル 266-1.jpg 今シーズンの締めくくりに向けて気力を充実させて臨んだはずでした。しかし何事も思う通りにはいかぬものと思い知らされた第19回長野マラソンでした。1枚目の写真のデータを見てください。これは2月の京都マラソンの公式の速報データですが、前半のアップダウンの多いコースを速いペースで走ってしまったために30キロ以降の後半に、いつものことですが、極度に失速する危ないレースをしてしまいました。
 そのようなことを考慮に入れて今回は完全なイーブンペースで行こうと決めて参加しました。2枚目のデータでもわかりますが、前半は京都に比べてキロ当たりで30秒ほど落としたペースで走ったことが分かりますが、実は思ったよりキロ当たり10秒ほど遅くなってしまっています。これが問題でした。そのために中間点のタイムが2時間20分になり、思惑より5分ほど遅かったのです。
ファイル 266-2.jpg このデータは25㎞の通過タイムが最後になっており、棄権したことがお分かりと思います。実は少し遅くはなっていても安定して走れていたのですが、仮に中間点までのペースで後半も走れたとしても制限時間5時間まで20分の余裕しかないことを心配しながら走っていました。さらに気になっていたことは、走り始めてわずか5キロ地点の給水所ですでに脚や首から背中にかけて水をかけなければいけないほど暑さを感じていたことでした。そしてすべての給水所で飲むだけではなく身体を冷やす目的で水を使わなければならなかったのです。
 このことを考え、無理をしないということを第一に考えて29.8キロ地点の関門で余力を残しながら自発的にリタイアしました。私がリタイアした関門でもあとからくるランナーが続々ファイル 266-3.jpg関門ストップがかかり、その関門を危うく通過したランナーのほとんどがその後歩いている姿を、回収バスから見ることができました。後に事務局が発表した完走率の低さの犯人は思わぬ暑さでした。朝から雲ひとつないカンカン照りで午前10時過ぎには20℃を超え、正午の気象台データを調べると風も微風の23℃で、ランナーが感じる路上の温度ははるかに高かったと思われる。長野マラソン事務局が発表した完走率の中に次のような表現があった(3枚目の写真)。「今回は晴天に恵まれすぎたようです。午前10:00過ぎには20℃超える、マラソンには灼熱の気象コンディションの影響で、完走率は大会史上最低の77.86%となりました。」この大会は基本的には制限時間5時間をものともしないランナー(最近の私はそうでもないが)が参加すると思われますが、それでもこの完走率は異例の低さでした。
ファイル 266-4.jpg この程度の気温は夏では何ともない高さなのですが、まだ冬のような低い気温にも対応できるように、熱を簡単に逃がさないような身体が維持されているときの今回の気温は、ランナーには大変厳しいものでした。私はこの気温の高さを恐れ、まだ完走の可能性がある地点でリタイアを決意しました。レース後1週間の体調を見てみるとほとんどレースによるダメージがなかったことから、もっとチャレンジすべきだったのではと後から悔やんでいます。最後の写真は私と一緒に走った仲間の写真です。私よりはるかに若い彼らの一人はやはり同じ関門で両ふくらはぎの故障のためリタイアとなりました。それほど厳しい条件だったと考えてよいのかもしれません。それらを考えると今回の積極的なリタイアは“負けるが勝ち”で、暑さによる不測の事態を避けることにつながったと前向きに考えることにはしたいと思います。
 実は、今回のレースに向けては、名古屋ウィメンズマラソンで優勝した安藤選手のように腕を下げる走法に変更するなどの改善をしてきました。その効果もあってか呼吸は終始楽で心拍数に問題もなく今後に向けて明るい希望が持てそうです。しかし、相変わらず私の頭の中には30キロ以降の消耗戦をどう乗り切るかの課題が渦巻いています。早く解決しないと時間切れになりそうです。いまそれを解決するためのトレーニング法の改善を試しつつあります。そして新しい身体を作り上げて秋からのシーズンに臨みたい。

緑道の春の花トンネルを走る気持ちよさ!

ファイル 265-1.jpg 5月となれば花の種類もガラッと変わってしまったが、それでも今度は緑に映える緑道は素晴らしい。私はかって、この相模原台地の緑道緑地のかなりの部分はかって水田開発のために作られた給水路が、市街地への転換で役割を終えて市民のためのウォーキングやランニング、そしてまたサイクリングのための道に成り代わったものだと書いた(http;//www.unique-runner.com/blog/diary.cgi?no=254 )。ありがたいことにその緑道を私は週に数回トレーニングやリフレッシュのために使わせていただいている。
 そして上のタイトルに書いたように、春になるとこの緑道の脇には様々な美しい草木が一斉に花を開き、私たちを楽しませてくれる。自治体がきちんと管理している部分もあるが、その多くは市民の皆さんが自主的に管理されているものが多く、また、その緑道の傍に住まいを構えておられる方々が様々な草木を植えてそこを通る私たちを楽しませてくださっているらしい。ただただありがたいと思う。今回は4月のはじめ2日にわたってカメラを担いで自転車で走り回って写真を撮らせてもらった。写真の整理の仕方が難しくて撮影した写真の一部分しか紹介できないのが残念であるが、そのわずかでも楽しんでいただければ幸いである。
ファイル 265-2.jpg さて、どのような道筋を走っているかを簡単に説明したい。私は国道50号線に近いところに住んでおり、そこから50号線を西に1キロ走り、そこから北に向いて小田急相模原駅(いわゆる“オダサガ”である)そばを通って国立相模原病院に向かう。1枚目の組写真の上2枚の左1枚は、私の窓から見える聖セシリア学園の大きな満開のソメイヨシノの木で、右の黄色い花は道路際に咲いている、私の大好きなキイロハナカタバミである。国道を離れてオダサガに向かう右側には、高校のスポーツ界で名高い東海大相模高校がある。下の写真は、その野球部が練習する室内練習場で、絶えず金属バットからの快音が聞こえている。
 そこから1.5キロほど行くとオダサガである。その交差点には面白い標識があり、“サウザンロード入口”とある(2枚目の組写真)。これは1キロの直線の商店街で、だからthousandという、大変人通りの多い元気な商店街である。私はいつもそこを走り抜ける、と目の前に国立相模原病院が目に入る。そこまでおよそ4キロで、ファイル 265-3.jpgそこで少し休憩してから東に向かった一般道を2キロ弱走ると右下の写真にある相模大野の御園二丁目の交差点に出る。ここが私が走るつきみ野に至る約5キロの南行き緑道の入り口である。
 あとはもうただただきれいな花いっぱいの幅2-3メートルの緑道を気持ちよく走るだけである。この台地は南行きは必ず少しだけ下っているから何とも快適である。3枚目の組写真は、その緑道が花のトンネルのようになっている写真である。何種類かのサクラやシダレザクラ、それにツバキの大きな木もたくさんある。4枚目の組写真は、少し雰囲気の違うシダレザクラと緑道傍の民家のおじさんが栽培しているかわいいシキザクラ(四季桜)の写真2枚である。この四季桜のおじさんはいろいろ楽しい話を聞かせてくれた。
 最後の5枚目の組写真は、迷いに迷ってこのような構成になってしまった(実はこのブログは写真は5枚しか掲載しないようになっているので・・・)。左上の2枚はいずれもモモの花で、この界隈には濃い赤色や白のモモの木が非常に多いのが印象的である。ファイル 265-4.jpgきれいなシダレモモの花もあったがなぜか選んでいるうちにはずれてしまった。それはともかく、左上の2枚目の写真には白い花の中に赤い花が混じっているのが面白い。モモの花はもともとはアントシアニンの赤い色素を持つものが普通であるが(左上の写真のように)、時にはその色素の合成がうまくいかない突然変異が起こり白い花をつけるものが現れることが知られていて、それはどうやらトランスポゾンと呼ばれる“飛び回る遺伝子”が原因となっていることが分かってきている。
 このようなことがモモでどこまでわかっているかは遺伝子に詳しくない私はよく知らないが、ウメなどではそう言われているように思う。もともとこの遺伝子ははるか前の1940年代にトウモロコシでマクリントックが発見し、1983年にノーベル医学・生理学賞を受賞して知られるようになったものである。このタイプの遺伝子は染色体内を飛び回ることで知られ、それが飛び込んだ領域の遺伝情報は改変される可能性が高く、モモの場合には赤い色素を作る遺伝子がダメになってしまったと考えられる。ファイル 265-5.jpgこの種の遺伝子は人などの遺伝子にも大量に含まれていることが知られ始め、ヒト遺伝子の解明が進んでいると喜んでいるが、むしろ私たちの遺伝子にはわからないことが山のように存在していることが分かってきたと考えるべきなのであろう。分かってくるとヒトの遺伝現象に何が起こるか分からない戦慄さえ覚える。
 さて、そんな話はいい加減にしておかないと話が終わらなくなってしまう。要するに、花いっぱいの緑道を走るのは本当に気持ちがよいという話である。写真の左下と真ん中下はツバキの花である。また、右上の写真には左側にコブシ、そして右側にはちょっと見にくいがシモクレン(紫のモクレン)が緑道の両側に咲き誇っている。右下にはシモクレンの一輪だけをクローズアップした。
 実はこの何倍もの写真を撮ったのにもかかわらず、ここに出すことができないのは残念である。この近くにお住まいの方はぜひ一度この緑道を訪ねられることをお勧めしたい。

温暖化対策の全面見直しと合衆国トランプ新政権

ファイル 264-1.jpg 私は今年1月末に「世界の大国米国に、理解しがたく信じがたい大統領が登場!」(http://www.unique-runner.com/blog/diary.cgi?no=260)との短いブログを書き、その最後に“これ以上なにも言いたくない!”と書いた。その気持ちは何も変わってはおらず、どんどん文句を言いたいことが増えてくる。シリアへのトマホークによる爆撃、そして北朝鮮との挑発ごっこなど危ない火遊びの連続である。北朝鮮はミサイルを発射実験をしたり核実験をしたりすればそれは挑発と受け取られ、アメリカをはじめとする国連安全保障理事会の面々は何をしてもそうは言われることはない。彼らは第二次世界大戦の戦勝国であり、いま敢えてやらないのはすでに十分に核実験もミサイル発射実験もやってしまっているからである。日本はアメリカの傘の下にいてロケット発射実験をしても何も言われないが、きっとアメリカは日本の技術を警戒しているはずである。まあ、いまはその話ではない。
 ここに一枚の縦長の新聞記事を掲載した。お読みいただければ幸いである。それは4月28日の読売新聞朝刊の記事で、ワシントン支局の記者・三井誠氏によるものである。冒頭に次のように言う「『オバマ政権が自分を盗聴した』など、証拠もなく独自の主張を展開するトランプ氏の姿勢は、科学の分野でも際立っている。そうした科学軽視の典型例が地球温暖化への態度だ。トランプ氏は『でっち上げ』と主張するなど一貫して疑問視し、3月28日には、オバマ前大統領が進めた温暖化対策を全面的に見直す大統領令に署名した。政権内には『温暖化研究は税金の無駄(マルバニー行政管理予算局長)という声もある」。今回の記事は、アメリカの研究者が研究結果の基づくことなく政策を進めるトランプ氏の姿勢に猛反発し始めたことを伝えるものである。そのことについて一言言いたくなったのである。
 このようなトランプ氏の主張は大統領選挙中から聞こえてはいたが、上の大統領令への署名によって明るみに出たのである。それにしても予算教書の骨格では、米環境保護局(EPA)の来年度予算を31%削減し、職員の2割にあたる約3200人を削減するとし、また世界最大規模とみられる米国立衛生研究所(NIH)の予算も18%減となる恐れがあり、医学分野につながる基礎研究に重大な影響が及ぶ恐れがある。このような新政権の姿勢は他の多くの基礎研究の分野にも多大な影響をもたらすと想像される。
 しかし、考えてみればアメリカは数々の分野で自国第一主義をちらつかせ、それを実行していたことは明白である。私の記憶にあるその最たるものは、京都議定書である。京都議定書とは、1997年12月に京都市の国立京都国際会館で開かれた第3回気候変動枠組条約締約国会議(地球温暖化防止京都会議、COP3)で同月11日に採択された、気候変動枠組条約に関する議定書である(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E8%AD%B0%E5%AE%9A%E6%9B%B8 )。アメリカはこの議定書に合意しながら、アメリカ合衆国政府は産業界の強い反対に会い批准することを放棄したのである。世界一の経済大国であるアメリカがこの問題を解決しようとせずに誰が解決できるのか!また、国連分担金の支払いもアメリカはたびたび拒否、あるいは拒否をちらつかせる態度を見せ続けている。結局、もともとアメリカは“アメリカ ファースト”なのであって、それに特に変化があったわけではないのである。ただトランプ氏があまりにビジネスライクに振る舞い、メディアとの、つまりはアメリカ国民との、そして世界中の人々との会話を真面目にしないために(SNSだけだ!)より極端に見えているだけなのであろう。もちろん、だからトランプ氏はそれでいいんだとは全く思わないし、それは困る!と言いたい。もしトランプ政権が今回の報道通りに地球温暖化問題を放置するのであれば、それは地球の将来を見殺しにする犯罪につながると言うべきであろう。
 私の本棚には「アメリカの戦争」(山崎雅弘著、学習研究社、2004)がある。これ以上戦争をやらないでもらいたい。私がこのように書くと、この書き物はあらゆる手段で探知され、記録され、私の素性はどこかで明らかにされているのであろう。最近発表された日本に対する13編のスノーデン文書(http://www.excite.co.jp/News/society_clm/20170426/TokyoSports_678465.html 、XKEYSCORE)はそのようなことを強く思わせるものであり、アメリカ戦艦の自衛隊艦船による護衛や安倍政権が強硬に推し進める「共謀罪法案」や憲法改正論議などを考えると世界の中の日本もある一点に向かって突き進んでいるように思う。嫌な世の中になったものだ。奇遇であることを願いたい。