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真面目に生きていても人々を袋小路に追い詰めてゆくこの時代ー三菱自動車事件に思う

ファイル 248-1.jpg 2015年10月、アメリカから思いがけないニュースが飛び込んできた。それはドイツが誇る世界の自動車メーカーフォルクスワーゲン(VW)がアメリカでの排ガス規制において、検査時には作動するが平常走行時には作動しない極めて悪質で違法なソフトを搭載して排ガス検査を欺いていたことが暴露され大きな批判を浴びた。当時、一般の我々は日本の自動車メーカーはそんなことはしていないよな、と信じたい思いでいたはずだが、なんと今年の4月になってその思いを裏切るメーカーが現れてしまった。それは、これまでも幾度となく不祥事を繰り返してきた三菱自動車工業であった。彼らの目的は、他社の同じクラスの軽自動車に負けない燃費データのねつ造であり、それには3つの手口でやってきたらしい(1枚目の写真、4月28日読売新聞朝刊)。なんでもありで、細かいことは省くとしても机上の計算まであったというからいささか情けない。
 そんなことがあれば消費者はバカではないからあっという間に売り上げは半減したとは2枚目の写真の記事にある。そんなことをやればそうなることが分かっていてもやめられないのである。興味深いことに、その不正の指摘は提携相手の日産自動車からであったこともまた注目に値する(注)。VWの不正に至ってはことは最初から世界規模であるから、バレればそれによる損害は馬鹿デカいものになることは初めからわかっていたはずである。が、それでもやめられないのである。
 しかし、そんなことはこの国では起こらないだろうなどと油断するのは油断する方が情けないのであって、ファイル 248-2.jpg似たようなことは昨年から幾つも発覚していた。やはり昨年10月に発覚したマンションの建設工事のミスである。これは横浜市都筑区に三井住友建設によって建設されたマンションが傾き始めたことから発覚したもので、旭化成建材が岩盤に打ち込むはずの杭が十分に岩盤に届いていなかったりしていたことが明らかになり、またこの5月13日の読売新聞では、杭を岩盤に固定するセメント量の不足などで強度不足であったことが明らかにされた。このようなことは横浜市のマンションだけにとどまらず、全国に広まっているようで、建築現場におけるデータのずさんな取り扱いが明らかになってきた。
 さらに、地盤改良工事の東亜建設工業が羽田、松山、福岡空港で行った液状化防止のための工事で、地盤に注入する薬液が必要量の5-52%しかなかったことが判明し、工事が偽装されていたことも判明している。おっとまだあった。東洋ゴムによる免震装置の能力偽装、そしてなんと東芝の会計の不正偽装工作まであった。
 以上書いてきたようなあってはならない不正行為はどうして引き起こされるのだろうか。そんな不正行為をやってしまうのはしょせん組織の中の個人である。不正であることが分かっていてもそこから逃れられないのは、組織内の個人として大きな圧力に曝されているからだと思われる。しかし同時に、各個人は後で述べるような『あなた買います』そして『わたし売ります』の対象であることが最大の問題である。
 個人が強い「圧力」下にいることについて言えば、企業活動がグローバリゼーションの中で徹底した競争関係におかれていて、相手企業より少しでも有利なデータを示しうる商品が必要となり、それが後戻りのきかない大きな企業戦略の中での強烈な圧力になってしまうことは容易に想像できる。ファイル 248-3.jpg三菱自動車の場合にも、競合する車種の「ムーブ」を生産するダイハツ工業が高い技術と豊富な経験から燃費の良い車を発売するたびに、それに対抗するために管理職側から現場に対して強い要求が出され続けたとされる(NHK、「クローズアップ現代+」5月18日)。そしていったん道を踏み外してしまえば、不正は軽のみに止まらず他の車種にも拡大されていったようである(3枚目の写真)。
 そんな組織の圧力下で個人が自分の立場を守るのは大変困難であるが、それをさらに難しくしているのは、この現在の体制の中での個人の立場の問題であろう。そんな時代の到来を象徴的に示したのが昭和30年にプロ野球の選手勧誘問題で起き、のちに小説になり映画化もされた(『あなた買います』1956年、小野稔著)「穴吹事件」である。当時立教大学4年であった穴吹義雄氏の各球団による争奪戦は激しく、結局南海ホークスに入団したが当時としては破格の700万円の契約金だったという(玉木正之氏コラム、http://www.tamakimasayuki.com/sport/bn_33.htm )。さらにそのコラムは言う。「昭和33年には立教大学から読売ジャイアンツに入団した長島茂雄が、大卒者の初任給がまだ1万円に満たない時代に1500万円の契約金を手にしたといわれている。また、この時、立教大学の先輩で南海ホークスの選手だった大沢啓二が、長島と、エースだった杉浦忠の二人をホークスに迎え入れるべく、彼らが三年生の頃から毎月「小遣い」を手渡していたという。」この「あなた買います」という言葉は、何もわからない当時の私にとっても“人は商品なんだ!”となぜか衝撃的であった。
ファイル 248-4.jpg このようなカネまみれの構造における個人は、資本主義体制のさらなるグローバル化による強化、新たに金融がインターネットによって時空を超えて一瞬に展開される時代になってますます過酷な競争下に置かれるようになった(『資本主義の終焉と歴史の危機』2014、水野和夫・著を参考にした)。そして、当然のように世界中で起こっている格差の拡大を背景に各個人は『あなた買います』から、『わたし売ります』の市場にさらされることになってしまった。つまりは、誰しもが自分を過度に彩り過度に見せびらかして価値ある「商品」として売りに出さなければならなくなったのである。その結果ときには自分を偽り、他人を欺くこともやむを得ないこととなりかねない。いまの世の中では、私を含めあらゆる人々がこの難しい状況の中に置かれているのである。だから、あらゆるレベル、あらゆる業界での不正はいつ起こっても不思議はないしいつも起こっているのであろう。私がいまだ未解決と思うSTAP細胞の展開、発表方法そして後処理の問題は、所詮私たちみんなが抱えるこのような難題の延長線上にあり、他人事でないことは確かである(http://www.unique-runner.com/blog/diary.cgi?no=221 )。

注: この三菱自動車の不正が発覚して1か月もたたない今月13日、三菱自動車は日産の傘下に入ることが電光石火決定され、報道された(4枚目の写真)。実は以前から両社は提携関係にあり、すでに三菱は日産傘下に入る交渉が続いていたとされる。日産が三菱の不正を指摘できたのも、特殊な関係にあった相手側だったからだとも思われ、巨大な偽装工作などの告発が行われる場合の難しさを垣間見る思いである。
 なお、昨日スズキ自動車も測定方法に不正があったことが発表された。

嵐の中の“2016長野オリンピック記念長野マラソン”に挑む

ファイル 247-1.jpg これまであまり地震危険地帯として考えたこともなかった九州・熊本で信じられないような強烈な地震が発生した。それが収束に向かうと誰もが思った二日後に、それまでより16倍ものエネルギーを持った強い地震が再び発生した朝、私たちはレースが行われる長野に向かって出発しなければならなかった。それだけに何かに引きずられるような複雑な気持ちを持ちながらの参加は、私自身にも強い決意を抱かせるに十分であった。
 主催者の一つ信濃毎日新聞のレース後の号外は次のように言う。「長野地方気象台の観測した午前8時半の気温は18.5度、湿度42%。今にも雨が降り出しそうな空の下を一斉にスタートした9530人(男子8029人、女子1501人)のランナーは、善光寺から南下する中央通りなど長野市街地を抜け(1枚目の写真、信濃毎日新聞号外)、ビッグハットやエムウェーブなどの長野冬季五輪施設を巡った。同気象台が暴風警報を出すほどの強風に悩まされ、全体的にペースが上がらなかった。」
 今回の長野には私と若い仲間2人(2枚目の長野駅構内の写真で右側がA君、左側がB君)の3人で参加した。すでに私は彼らに及ぶべくもないが、しかしよい牽引者たちである。熊本被災地への黙祷をささげた後、18.5度とかなり高い気温の長野運動公園をスタートして善光寺参道を下って17キロ地点のエムウェーブファイル 247-2.jpgまではそれほど問題になるほどの風も雨も感じることはなかったので、ひょっとすると目標とする4時間半前後の記録を達成できるのではないかと淡い期待を持って順調に走っていた。しかし17キロを越えるころから強い風と大粒の雨に見舞われ、一瞬のうちに気分は地獄に転落することになった。それでも風当たりの強い五輪大橋を昇って中間地点の間、さらには30キロ前まではなんとか我慢をして5キロ当たりのラップをそれ程落としてはいないが(3枚目の写真の上部分)、30キロを過ぎるあたりから我慢しきれなくなって急激にラップを落とすようになってしまった。
 25キロを過ぎるあたりからは雨はそれほど気にならなくなったものの風は厳しく、土埃も舞い、強い横風を受けた時には体を傾けて走ることを余儀なくされた。ファイル 247-3.jpgまた、強い追い風を受けた時には転倒を防ぐためにはブレーキをかけざるを得ず、かえって消耗することもあった。気象庁のデータを見ると平均風速10.3、最大風速17.35メートルで、多分瞬間にはその1.5-2倍の風速があったものと思われる。千曲川の堤防上の道路ではまさに飛ばされそうな感じを受けるのはまれではなかった。しかし、この風が高い気温での体感温度を下げてくれたことも確かであろう。
 後半、いかに私が疲弊していたかはそのラップをご覧になればお分かりであろう。また、4枚目の写真は、私が持っていたGPS機能付きの時計のデータで、黄色がキロ当たりのラップ、赤は心拍数、緑は標高である。30キロ以降ラップがノコギリ状に高く跳ねているのは、一定区間歩いていることを示している。5時間の制限時間内にゴールできることを確信した私は、完全に消耗する前に一息入れようと時々歩くことにしたのである。赤の心拍数を見ると全般的にはそれほど高くはなく、後半歩きを入れてラップを落としていることもあって心拍数は特に上がることもなく、ファイル 247-4.jpg落ち着いた状態であった。そんなこんなで無事ゴールすることができて幸せであった。ネットタイムは4時間53分49秒で、目標より20分ほど落としてしまったが、完走できたのであるから満足であり、去年の神戸マラソンからは30分弱改善できた。今後さらに改善に弾みをつけたいものである。
 仲間たちはどうだったかと言えば、A君はこの風雨の中を何事もなかったように正確なラップを刻んで(3枚目の写真の下部分)3時間25分59秒でゴールしたのには驚いた。強い雨風にも気負うことなく、そして強く意識することなくインターバル走法のような感覚を生かしながら疲労の蓄積を避けたという。ファイル 247-5.jpgでも、その感覚はいまの私には理解できない。いずれ教えを乞いたい。またB君は、故障で3年ぶりのマラソンにもかかわらず3時間56分48秒で潜在力の高さを示した。この両君はともに35キロ以降にスピードアップし、余力を残してきたことを示した。恐れ入りました!!
 いつも走った後には、もっと何とかならなかったかとか、もっと条件が良ければとか愚痴が出る。今回のペース配分にはそれほどの後悔はなく、前半のペースで十分押し切れると踏んでいたのであの風雨が恨めしい。そんな愚痴を関西の仲間にこぼしていたら、仲間の一人がボストンマラソンの君原健二のことを教えてくれた。その記事の写真が5枚目である(4月20日、読売新聞朝刊)。50年前にボストンマラソンで優勝し、3年後メキシコ五輪マラソンでも銀メダルを獲得した。その君原健二が今回ボストン優勝の50年後に招待されて完走した。君原健二75歳で4時間53分14秒で、私の記録を35秒上回った。でも、私は76歳である。近年、ランナーズの「フルマラソン一歳刻みランキング」でよい勝負をしてきたが、この調子だとまだ勝負が続くようでうれしい。僭越ながら格好の相手である。(写真は拡大してご覧ください)

追記:
 私たちのように42.195キロのような長距離を長時間かけて走るレースで大切なことは、安定した精神状態を維持することである。それに必要な言葉をひとつB君からいただいた。それは、“前半はウォーミングアップだよね”だった。(2016.4.21)
 これを書いた後B君から指摘があった。「あれはA君から戴いた金言でした」と(笑)。この直後にA君から「前半っていうか、30㎞ぐらいまではウォーミングアップの気持ちで走りたいね~」、と来た。参った!!

一時代を築いた“なでしこ”と 加齢に脅かされる“年寄りランナー”のやるべきこと

ファイル 246-1.jpg 最初の写真でお分かりのように、あの“なでしこ”が大阪でのアジア最終予選第4戦の対ヴェトナム戦を前についに4大会連続のオリンピック出場権を失ってしまった。ドイツワールドカップ優勝、ロンドンオリンピック準優勝、そして昨年のカナダワールドカップ準優勝と快挙を続けてきた“なでしこジャパン”の栄光を知るファンにとっては大きな衝撃と落胆であることは至極当然である。その原因についてここぞとばかりに書き始めたマスメディアの姿にはいささか辟易としている。負ければいつものことであるがゴシップめいたことを沢山書くからである。
 敗北の原因はメディアが書くようにきっとさまざまであろうことは想像に難くない。選手と監督の間の溝、選手間の溝、お互いにうまくいかなくなれば愚痴も出始めるのはどこの世界でも同じであろう。そんなことを言ってみても始まらない。むしろそんな当たり前の愚痴は出た方がよいのである。それをポジティブに聞けば前を向ける。
 そんなことより構造的な問題の方がはるかに大事だと私は確信する。その最も大きな問題は世代交代が進まなかったことであろう。私から見れば当時ほとんど若手が育まれる地盤のなかった日本の女子チームが、ワールドカップで優勝や準優勝したり、はてはオリンピックで準優勝したりなんてことは、ほとんど“奇跡”だと考えるべきことであろう。そんな奇跡が三度も続いたのであり、奇跡を通り越して破天荒なことと考えるしかないのである。だから、とんでもないレジェンドと呼んでもよいような指導者や選手たちがいたのである。だから私には“なでしこジャパン”に感謝以外の言葉はない。
 私の拙い知識から言えば、たとえばアメリカの女子選手は、正確ではないかもしれないが、およそ200万人いるといわれ、日本とは桁が2つは違うのである。しかも、彼女らのプレーを見た経験から言えば、恐ろしいほどの迫力で、男子顔負けである。高校生のゲームで腕を骨折した試合を見たことがあるが、なぜあれほどのプレーをする選手がごろごろいるのかの理由は全く分からないが、それは彼らの生き様であろう。ただ、活動的なアメリカ女性には男子に開かれているようなベースボール、アメフトそしてアイスホッケーのような道が開かれてはいないからかもしれない。いずれにせよ、その中から選抜されてくるチームがなでしこが戦ったアメリカチームであり、彼らに勝つ、あるいは対等に戦ってきたのである。したがって、構造的な問題とは、いかに底辺を拡大し、いかに小さな底辺から優れた選手を育成する方策のことでなければならない。
ファイル 246-2.jpg 今回の敗北で、サッカー協会は世代交代の大切さが身にしみたであろう。きっと世代交代の実現に向かって進むことを期待したい。今回の最終予選の裏ではスペインのU-23ラ・マンガ国際大会が開かれていた。なでしこの最終メンバーに残れなかった選手たちが躍動してスウェーデン、ノルウェーそしてドイツなどの強豪を打倒したという。また、なでしこも最終予選最後の宿敵北朝鮮戦では1-0で勝利し、再び輝きを取り戻すきっかけとなる活躍を見せた(二枚目の写真)。私にはこれ以上のことを言う内容がないので、ただただ今後の積極的な世代交代を期待したい。しかし、それは単純な年齢の問題ではないことは明らかである。
 このように偉大な業績を残したなでしこと同列に置くなどおこがましいと言われそうであるが、私の苦しいところも書いておきたい。個人の問題に世代交代などありうるはずもないが、しかし歳を重ねることによる体力・競技力低下では共通している。勿論私には初めての経験で、それらに打ち勝つためには当たり前のようにトレーニングによる体力強化と、加齢とともに顕在化する故障の回避などに向けての走法改善や身体の使い方の変更などを考えないといけないのであろう。
 実は私には10年以上前から右腰の背部に表れるちょっとした違和感が気になっていた。それは少しずつはっきりとしたものに変わってゆき、昨年引越しをして生活環境、トレーニング環境が変わったことによるのか違和感がさらに強くなり、マッサージ師による治療を受けてはいるがなかなか治癒に向かう感じではなかった。この違和感、あるいは痛みが右腰の部分に偏っていることから、内臓などの関連痛でない限り身体の使い方に起因すると3か月ほど前から考えるようになり、特に主として身体を使うランニング動作の左右のアンバランスを検討することにした。
 よくよく考えてみると以前から気にしていたことがいくつかあった。それはジムでの、鏡が前にあるトレッドミル上でのランニングの場合、しばしばいつの間にか右に偏って走る傾向があることと、T-シャツを着て走っているとシャツの首の部分がいつも右に偏ってそこに隙間ができてしまうことであった。また鏡をよく見ていると、右足の着地では足先が若干右に外旋することも分かっていた。さらに以前から息子から全体としてストライドが広すぎることと右のストライドが左のそれよりシューズ1/3足分ほど長いことも指摘されていた。このピッチ走法への変更は、加齢による筋力低下が故障発生につながらないようにするために重要だとは昨年「佐藤治療院」からも指摘されていた。
 これだけのことを頭に入れてやるべきこととしては、全体をピッチ走法に変更することを確かなものとし、また右ストライドを短くして左右のバランスを取ることであった。その結果は驚きであった。右ピッチを短めにするように走ると、足先の外旋もなくなり、右に偏って走ることもT-シャツが右に寄れて首に隙間ができることも全くなくなってしまったのである。
ファイル 246-3.jpg こうして迎えた3月6日の立川シティハーフマラソンでは、高い気温にもかかわらずグロスタイム2時間09分34秒で余力を残して気持ち良く走ることができ、ふくらはぎなどの故障発生もなかった。今回の結果は、昨年秋の神戸マラソンの5時間30分というとんでもない内容(http://www.unique-runner.com/blog/diary.cgi?no=243 )に比べると全く別物で、近年感じていた寂しい凋落傾向に歯止めをかけることができたようで、久しぶりにまともに走ったという気持ちである。
 だからといって右腰の違和感が消えたわけではない。走法の変更が直ちに違和感という感覚の解消に結びつくと考えるのは早計であろう。腰の痛みや違和感の原因は多岐にわたり、なぜか脳が主導権を持って“痛みがある”と感じているのだという新しい考え方は最近強い。私の場合、今回の様々な変更で違和感などが安定し、少しずつ改善されているように感じている。本当のところは、感じているのか感じようとしているのかはわからない。とにかく身体の使い方をバランスよくすることを持続してじっくりと腰を据えていきたいと思っている。
 この様々な改善の努力は再び何とか新しい自分を作り出す方向を指し示しているように思える。世代交代が進まず、平均年齢が27歳と今回の予選大会で最も高かったなでしこのやるべきことも、明らかであろう。もともとフィジカルの強いオーストラリアや中国が技術レベルを上げ、さらにチームとしての戦略・戦術を高めてきた現在、なでしこが世代交代を果たしながら再び俊敏性とパスワークにさらに磨きをかけなければ、強豪のそろうアジアを抜け出すことは難しいであろう。
 3枚目の写真は、応援してくれる人たちとハイタッチしながらゴール間近を走る私である。今回は4月17日の長野マラソンに向けてよい予行演習ができたと思っています。
 最後に、ここの記述をお読みになった皆さんは、細かすぎるとお思いだろうと思います。しかし私にとっては一大事で、この腰の違和感の問題は放置すればどんどん悪化し、さらに高齢化したときの生き方に決定的な悪影響を持つと危惧しています。それは走るとか走らないとかの単純な問題ではないと思っていますので、放置することはできないのです。なお、この問題を考える過程で故障の予防的なマッサージを勧めてくれた「ちあき接骨院」に感謝したい。