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2020年03月の記事は以下のとおりです。

これに勝るものはない、イタリアミラノの高校長の「生徒への手紙」

  • 2020/03/06 12:12

 新型コロナウイルスへの対応をめぐって政界はもちろん、我々一般庶民も含めて右往左往している人たちに、ズバリと書いて急所を突いたイタリアミラノのアレッサンドロ・ヴォルタ高校のドメニコ・スキラーチェ校長が書いたメッセージは我々すべてにあたはまる。これに私は何かを付け加えることも削除することはありません。以下の内容を自分のものとして生活したいものです。ただ、イタリア語がわからない私ですので、以下の文章がすべてであるかどうかはわかりません。その点を含んでお読みください。この文章は以下に記したURL(OVO、オーヴォ)からの引用です。

 「――ヴォルテ高校の皆さんへ」

 「“保険局が恐れていたことが現実になった。ドイツのアラマン人たちがミラノにペストを持ち込んだのだ。感染はイタリア中に拡大している…”

 これはマンゾーニの「いいなづけ」の31章冒頭、1630年、ミラノを襲ったペストの流行について書かれた一節です。この啓発的で素晴らしい文章を、混乱のさなかにある今、ぜひ読んでみることをお勧めします。この本の中には、外国人を危険だと思い込んだり、当局の間の激しい衝突や最初の感染源は誰か、といういわゆる「ゼロ患者」の捜索、専門家の軽視、感染者狩り、根拠のない噂話やばかげた治療、必需品を買いあさり、医療危機を招く様子が描かれています。ページをめくれば、ルドヴィコ・セッターラ、アレッサンドロ・タディーノ、フェリーチェ・カザーティなど、この高校の周辺で皆さんもよく知る道の名前が多く登場しますが、ここが当時もミラノの検疫の中心地であったことは覚えておきましょう。いずれにせよ、マンゾーニの小説を読んでいるというより、今日の新聞を読んでいるような気にさせられます。

 親愛なる生徒の皆さん。私たちの高校は、私たちのリズムと慣習に則って市民の秩序を学ぶ場所です。私は専門家ではないので、この強制的な休校という当局の判断を評価することはできません。ですからこの判断を尊重し、その指示を子細に観察しようと思います。そして皆さんにはこう伝えたい。

 冷静さを保ち、集団のパニックに巻き込まれないこと。そして予防策を講じつつ、いつもの生活を続けて下さい。せっかくの休みですから、散歩したり、良質な本を読んでください。体調に問題がないなら、家に閉じこもる理由はありません。スーパーや薬局に駆けつける必要もないのです。マスクは体調が悪い人たちに必要なものです。

 世界のあちこちにあっという間に広がっているこの感染の速度は、われわれの時代の必然的な結果です。ウイルスを食い止める壁の不存在は、今も昔も同じ。ただその速度が以前は少し遅かっただけなのです。この手の危機に打ち勝つ際の最大のリスクについては、マンゾーニやボッカッチョ(ルネッサンス期の詩人)が教えてくれています。それは社会生活や人間関係の荒廃、市民生活における蛮行です。見えない敵に脅かされた時、人はその敵があちこちに潜んでいるかのように感じてしまい、自分と同じような人々も脅威だと、潜在的な敵だと思い込んでしまう、それこそが危険なのです。

 16世紀や17世紀の時と比べて、私たちには進歩した現代医学があり、それはさらなる進歩を続けており、信頼性もある。合理的な思考で私たちが持つ貴重な財産である人間性と社会とを守っていきましょう。それができなければ、本当に ‘ペスト’が勝利してしまうかもしれません。(https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200302-00000002-ovo-life )

 では近いうちに、学校でみなさんを待っています。」

新型コロナウイルス大流行の中に見える政治の貧困

  • 2020/03/02 17:40

 2019年の11-12月にかけて中国湖北省武漢市で始まった新型コロナウイルスによる感染症はいま世界的な規模で流行し、ここ数年で最大の脅威となっている。この症状はインフルエンザや普通の風邪に似ているが肺炎を引き起こして重症化すると、特に高齢者には危険である。全体としての死亡率は2%あたりであるが、高齢者の場合には15%に近づき極めて危険であるとデータが証明している。
 この感染を世界的なレベルまで引き上げてしまった当初の対処の失敗が惜しまれる。それを示しているのが1枚目の写真の記事である。この感染症を最初に公表したのは湖北省武漢市の医師季文亮さんで、12月30日勤務する病院で複数の患者に重症急性呼吸器症候群(SARS)と符合する検査結果が出たことを知り、SNSにその事実を投稿した。当局はその翌日「原因不明の肺炎患者発表」を公表した。しかし当局は李さんを「事実でない情報を広めて社会秩序を乱したとして、武漢の公安当局から訓戒処分を受けた。そしてその後、このウイルスは新型のコロナウイルスと判明し武漢市を中心に爆発的に広がり、中国全土で8万の感染者、そして死者は3千人に達する勢いで、さらに中国国内に拡散している。このウイルスを最初の告発した李医師は2月7日に肺炎で死亡した。

 この新しいコロナウイルスが爆発的に流行したにはそれなりの理由がありそうである。このウイルスの発生は当初武漢市の「華南海鮮卸売市場」(今感染源として疑われている野生動物の売買が行われている場所)近くに患者が集中し、そこでさらに爆発的な拡大が起ったイベントがあったという。それは1月18日のことで、その市場の近くに約18万人が暮らす巨大集合住宅(百歩亭)があり、そこでおよそ4万人が料理を持ち寄って集まり盛大な大宴会が開かれたという。これをきっかけとして省内から中国全土にわたって感染が広まったとされる(2枚目の写真)。初期の対応のまずさが悔やまれる。
 国内に目を転じてみよう。当初は中国の混乱に比べて極めて平穏に推移していたが、横浜に寄港していたクルーズ船ダイアモンド・プリンセス号は感染者を載せていたことがわかり、その船は封鎖状態になった。そして2月3日に感染者が見つかるとその後は完全な封鎖状態となり、PCR検査(*注参照)を続行したがじりじりと感染者が増え始め、結局のところ乗客・乗員3700名のうちおよそ700名が感染してしまったという無残な結果となり、世界的に見て第二の感染源であると大きな批判を浴びている。私にはひとえに感染者を見つけ出せない検査の不備(遅さ)に負うところが多かったと感じる。検査数を一日3800件まで上げると表明しながら、それはいまだに夢のような数字である。このようなクルーズ船関連の話とは別に、主として中国からの入国者によると思われる感染が国のあちらこちらで発見されるようになり、感染源が特定できない「市中感染」が続々と発見されるようになってきた。事実、中国からの入国は武漢市などからを除いてほとんど禁止されていない。これでは日本の市中感染が増えてくるのは当たり前であろう。

 このような状況に驚いた政府は慌てて水際対策よりは市中感染の拡大防止に力を注ぐ方針転換を図った。その内容が3枚目の記事の写真(2月26日の読売新聞朝刊)にある。さらにその二日後の28日に、それをさらに飛躍させびっくりするような唐突な政策を打ち出した。それは安倍首相が会見で明らかにしたのであるが、4枚目の記事の写真(読売新聞)にあるように、その最大の目玉は小中高校を”3月2日から春休みまで休校”の要請である。しかしこれはあまりに唐突であると思ったか、政府側は強制ではなく要請であるなどの但し書きがあとからついてきて、休校という言葉だけが独り歩きするような、中身の具体策が欠落した、政策とは言えないような試みである。さらに29日の新聞によると、要請通りにすると答えた自治体は約6割で3つの県市は休校せずと答えたという。 要するに学校側への丸投げである。
 このような”政策”がなぜ私にとっても理解し難く受け取られるかといえば、このような政策は唐突感がぬぐえず、おまけにそれを支える中身に乏しいからである。要するに人が集まるようなことになるイベント(学校もその一つ)はすべてやめていただきたいとの要請であり、ではどこで生活するかといえば、家から出ないでくれということになる。子供たちをだれが面倒を見るのかと言えば、それは親であり親が働きに出ている場合に必要な人的・経済的サポートはどうするのかの議論は全くない。
 これに関しての疑問は言い出したらきりがないほどありそうである。例えば江川紹子氏の記事(http://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko )をご覧いただくのがわかりやすい。しかし、現時点で私をはじめ国民の皆さんが最も不思議に思っていることは、なぜ感染しているかどうかの判定のためのPCR検査をなぜ簡単に受けることがむつかしいのだろうかということである。なぜ検査ができないのか、という発言はテレビのワイドショーなどを通して噴出している。それに対しては厚労省は検査に時間がかかるであるとか、あるいは検査に軽症の方々が殺到すれば通常の業務が立ち行かなくなるなどの理由を掲げて本当のことを言っていない。それにもかかわらず突然来週までには3500件以上の検査ができるようにする、今日3月2日の答弁では4000件以上のことを述べている(現時点で正確な数字はネット検索でも確定できていない)。これまでなぜできてこなかったのかについては、厚労相は民間への委託がうまく進んでいないなどと答えていたが、それがなぜで理由が明らかになって解決したという話は聞いていない。
 PCR検査自体は特に難しい検査ではなく、国立感染症研究所などの多くの公立の研究所、大学の研究室・研究所、民間の検査会社など多くの場で行われている。したがって、検査実績が全く増加してゆかない理由は、検査協力体制が確立できれば問題ないはずであって、私には全く理解できない。検査してもらえないということが、新型コロナウイルスに感染したのではないかと心配する人たちにとってどれほどのストレスであるかは想像に難くはない。

 最後に、あえて2月26日付の読売新聞の社説を5枚目の写真として掲載したい。その中で特にここで問題としたいのは二つ目の「習氏は危機収拾へ責任果たせ」という項目である。確かに中国における情報公開、情報統制の問題、あるいはウォール・ストリート・ジャーナルの記者3人が中国の脆弱性を指摘した識者の評論を問題視され、国外退去処分を受けたことなど、今回の件についても世界に対して大きな責任を負っていることは重大な問題ではある。
 しかし、同時に日本における政策決定のプロセスがここ2,3年の間全く明らかにならないというのも同様に重要な問題である。上に疑問を呈したように、何故にPCR検査が大規模に実行されるように改善され、国民の不安の払しょくに寄与できないのかという問題について、その問題点が国会の議論の中で言い分けのように語られたりしたが、結局いまだにその原因が明らかにされていない。民間にお願いしているがそれがうまくいっていないとかの議論がされてきたが、民間テレビのワイドショーなどによればどこかが今回の流行のデータを独占しようとしているなども話題になっている。それが本当ならとんでもないことである。たまたま今朝のテレビを見ていたとき、現場の医師は患者の検体を採取する際にも医師は感染の危機にさらされており、現時点で必要なマスクも手に入らなくなりつつある。これでは適切な検体採取やひいてはPCR検査さえうまくいかないと思わせるような議論であった。これが本当の原因なのだろうか。

 たまたまこのブログを書いている時点で行われている国会討論で(3月2日午後3時50分)、今回の新型コロナウイルスによる流行に関して、それについての政策決定の議事録などの資料が全く提出されていないことが問題になっている。何か象徴的で、相変わらず森友学園問題、加計学園問題、検察官(黒川検事長)の定年延長問題、桜を見る会の問題と同じことである。質問はさせてもまともには答えない、結局何も明らかにならないが事態は暗闇の中で進行してゆく。今はそんな時代なのであろうか。しかしそうであるとすれば、その責任はどこにあるのか、我々にはないのかをいずれ突きつめなければならないのであろう。
 ただ、いま行われている国会討論で私に明らかになったことを一つここに記しておきたい。PCR検査を保険適用にすることを実行しようとしているが、そうするということはこの検査を民間に開放する一つの手段であるということである。これまでのように国費で対応するとなればそのすべては保健所を通さならないという。しかし保険適用になれば個人が(個人でも受けられるとなっていれば)直接、あるいは医師の判断を通して直接に民間の検査を受けることができるようになる。したがって、そうなればPCR検査を受ける幅が大幅に広がることが期待されるようである。つまり、これまでのように保健所がPCR検査のあたかも関門ではなくなるのである。これまでなぜPCR検査が受けにくいのだという理由の一つは、国費を使うために保健所の許可が必要だということであったらしい。でも、変な話ではある。

*注:PCRの説明(Polymerase Chain Reaction、ポリメラーゼ連鎖反応)
 限定的に微生物について言えば、たとえば病原体がもつDNAやRNAがごく微量であっても、それをある特殊な方法を用いて量を増やして測定・あるいは鑑定しやすくする方法である。

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