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2012年03月の記事は以下のとおりです。

多くの不整脈は完治できるー「カテーテル・アブレーション」について

  • 2012/03/26 11:46

 昨日2012年3月25日の読売新聞朝刊に、「不整脈発生源 熱で焼く」との見出しで面白い記事が出ていた。2010年11月に自らの頻拍(心拍数が高くなること)の治療に「カテーテル・アブレーション」手術を経験したものから見ると、この高齢化社会に向けての警告、あるいは対処の仕方を目標とした記事として、簡潔丁寧に書かれていて出色の出来だと思う。私のブログの読者には比較的年輩の方が多いことを考え、不整脈の多くなる年頃を注意深く過ごしていただく助けにと、このブログから注意を喚起しておきたい。
 不整脈について私は、かってホームページの記事に次のように書いた(http://www.unique-runner.com/catheter1.htm )。
「心臓はときにゆっくりとときに激しく拍動して、必要に応じて血液を全身に送り届ける。しかしいずれの場合にもその拍動は規則正しく行われるが、それが不安定になったり、異常に早く拍動したり異常に遅く拍動したりすればそれは「不整脈」という一語にくくられることになる。不整脈は加齢に伴って増加し、不整脈を持たない高齢者はいないと言われるほど一般的であるが、本人が自覚できない程度の場合はよいとしても本人が不快に感じる場合には不安なものであり、また、重度の場合には直接生命に関わることになる。私の場合には、最も高くなったのは1分間に150台から200台にジャンプした時で(ある時期から胸に発信器を付け、受信機になっている時計に飛ばして心拍数を観測してきた)、その程度まで上がると走ることはできるがかなりの疲れを感じ、結果として運動機能に大きな影響を与える。私の場合には幸い血圧低下をもたらさなかったので安全であったが、どの不整脈でも、いつもそうであるかは保証の限りでなく、また異常な血液の流れで血液凝固を引き起こす可能性もありで嫌らしい。血圧が下がれば意識朦朧となり、脳などに血栓ができれば大変で、一般的に言えば、不整脈は治せるものは治したいのである。」
 私が上の記事で指摘した、起こりうる脳梗塞などの危険な状況は1枚目の写真(新聞記事、クリックで拡大。細かい字も読めるように大きなファイルサイズにしてある)の左上に描かれている。今回の記事が対象にしている不整脈は、心臓の上半分(心房)が小刻みに震える心房細動で、私が自分のこととしてホームページに書いた「発作性上室性頻拍」とは異なる。私の場合にはマラソンなどを走って交感神経が活発化している状況下、2枚目の写真のように洞結節から心筋を活動させる電気信号が房室結節を経て心室筋に届く際に、③のカテーテルの置場(私の場合右脚付け根静脈から入れられた3本のカテーテルを①②③とし右腕静脈から入れられたカテーテルを④としてある)近くにある正常な房室結節の傍に、実はもうひとつ別の電気信号を伝達する経路が存在していたことが問題であった。
 そのように対象となる問題の位置は心房細動の場合と房室結節周りと明らかに異なっているが、治療する場合に行うことはどちらも同じである。すなわち、検査と治療に必要なカテーテルを何本か脚の付け根と腕の静脈から入れ(私の場合には4本)、X線で観察しながら様々な手法で問題となる場所を探し出し、それが分かれば高周波で心筋を焼灼できるカテーテルで、まるで微細な電子レンジのような仕掛けで問題となる組織を焼き切ってしまうのである。これをカテーテル・アブレーションとよび、私の場合には2時間半、新聞記事のようにかなり問題箇所が多い場合には3、4時間の時間が必要になるようである。もちろん手術であるからそれなりの危険はあるが、その危険度は1-0.3%と低く、完治を目指す価値は十分にある。
  私の場合術後1年半が経過したが、まったく頻拍は発生せず、副作用も起きていない。心房細動の手術の場合も同様と思われる。新聞記事によれば、心房細動の場合、早期であれば完治の割合は90%以上と高く、慢性化するにしたがって治癒率は下がってゆくと言われる。私が手術に踏み切った理由は、もちろんマラソンが安全に走れるようにすることであったが、期間をおいて二度ほど平常時にも脈が飛ぶなどの明らかな不整脈が発生するようになり、加齢に伴って頻拍とは別の形に慢性化する可能性が出てきたために思い切った手術を決断したのである。スポーツ選手を含めて一般の我々でも加齢に伴い不整脈を持つ人は増えてゆくと言われる。
 この手術は心臓の手術だといっても決して危険度の高いものではない。このカテーテル・アブレーションという手術は、いまや循環器学会が「不整脈の非薬物治療ガイドライン」で、“有効な根拠のある治療法”に位置づけており、安心して受けられるものである。不整脈は誰にでも起こりうるものだとして、何もせずにただ我慢して放置するのはむしろ危険でさえあるようである。完治への努力をすることによって、高齢化してもなお高いQOLを維持したいものである。なお、私自身が経験したカテーテル・アブレーションを詳しくホームページに書いてあるので、興味のある方は是非ご覧いただきたい(http://www.unique-runner.com/catheter1.htm )。

第2回淀川国際ハーフマラソンで自分自身の現状を占う

  • 2012/03/22 22:55

 2月11日の法隆寺マラソンで7年ぶりにハーフマラソン1時間50分を切ることができ、自分自身の復活ぶりに驚いた(http://www.unique-runner.com/blog/index.php/view/137 )。そんな回復ぶりが持続的なものか、たまたまではないのかを知ることは、4月に今シーズン最後の大イベント長野マラソンに臨む心構えを考える上で大事なことであった。そのために選んだレースが、淀川下流域の河川敷コースで開かれる「第2回淀川国際ハーフマラソン」であった。このレースは有森裕子が主宰するNPO法人「ハート・オブ・ゴールド」を基盤にチャリティレースとして開催され、参加者一人当たり100円を3・11の子供被災者の支援に充てる狙いで開かれている。そのためか、ハーフだけで男女を合わせると4千人弱の参加申し込みがあったと報告されていた。
 このコースは河川敷にあることからそれほどの高低差も考えにくく、急な曲がり角が驚くほど沢山あった法隆寺マラソンより条件は良いのではと、前向きに考えていた。大阪地下鉄谷町線の終点の一つ手前の守口駅で下車し、きれいで穏やかな雰囲気の街並みを10分も歩いて堤防道路を超えると、そこには広々とした河川敷が広がっていた。そして、そこには大勢の参加者が種々のレースの参加を待ちわびていた(1枚目の写真の左部分)。
 気温は11℃の予想であったがかなり暖かく、無風であったが、当初の予定通り長袖シャツにランシャツを重ね着して参加することにした。ハーフのスタートはお昼前の11時45分で、よくあることであるが徐々に風が吹き始めていたのを感じていた。地図上にコースの概要を示したのが2枚目の写真で、淀川河川敷を7キロ上流に上ってから折り返し、スタート地点を通り越して17キロ地点で二度目の折り返しからスタート地点であるゴールに戻るコースであった。
 スタートレーンに並んで見て参加者が多いのには驚いた。アナウンスで4000名のランナーが走るので混雑にご注意くださいとのことであったが、コース幅はそれなりに確保されていたにもかかわらず案の定前回の法隆寺に比べて2キロまでに1分以上タイムをロスし、その後もしばらくは走りにくい状況が続いた。3枚目の写真は、Garmin Forerunner 110による1キロ当たりのラップタイム、心拍数、それに標高のデータである。心拍数は問題なく安定し、ラップタイムが安定した数値になるまでにかなりの距離が必要だったことがよくわかる。
 それらのデータを数値で表したのが4枚目の写真で、より詳しいデータが分かるが、最後の3キロのラップタイムが前半よりも良いというのがうれしい点である。実はこれには裏があり、コース左側に立てられた1キロごとの表示が後半は全くいい加減で、時にはキロ6分を過ぎるタイムまで出たために危機感を抱いて走ったことも影響しているかもしれない(私は時計を2つ持って走っていて、ひとつはキロ表示ごとにボタンを手動で押して計測している)。なお、今回ゴール時点で時計を止め損なって3分ほど歩いてしまったためにタイムと距離に間違ったデータが出てしまっていることをお許しください。公式記録によれば、グロスタイム1:51:40、ネットタイム1:50:14、男子ハーフマラソンの種目順位としては855/2695であった。
 記録を考えてみると、最初の混雑でのロスタイムがそのまま響いて法隆寺マラソンの1:48:40に及ばなかった感じである。それでも後半の強い向かい風や厚着をしてしまったことなどを考えると今回のタイムは十分なもので、昨年秋からの新しい走法での復帰以来、いずれのレースでも、レース全体で安定したラップで走れ、十分なスタミナが蓄えられていることを証明したと判断できよう。
 最後に、このレースは有森裕子が代表を務めるNPO法人の元で運営されており、レース後もいつまでもランナーの求めに応じてサイン会を催していた(5枚目の写真)。彼女の献身的な活動に対して敬意を表するとともに、だからこそ後半の距離表示をもっとしっかりしてもらいたいと関係者に望みたい。
 今回は、ジム仲間の田中氏とともにかっての大学仲間3人も久しぶりに参加できて幸せであった。同じジム仲間で京都マラソンに参戦した菅原氏が、私をぶっちぎった田中氏と私のレース中の写真を撮ってくださったので、それを使わせていただいた。ここにお礼を申し上げる。

第1回京都マラソン、楽しめる大会にもう一段の努力を望む

  • 2012/03/15 11:04

 栄えある「京都シティハーフマラソン」の後継レースとしての京都マラソンが、やっと開催されたというのが私の感慨である。京都シティハーフマラソンは1994年に初めて開催され、2009年3月8日の第16回大会を最後に休止状態になっていた。その理由は京都市の財政状態で、聞くところによれば真偽のほどはともかく、このハーフマラソンに対しても6000万円ほどの赤字補填をせざるを得ず、それが重荷になって休止に追い込まれたとのことである。このレースは古都京都を走るということもあり、全国的に大変人気で制限時間2時間にも関わらず申し込みが殺到していた。それなら参加人数を増やし参加費を倍増すれば赤字にはならないのにと、何度も参加してきた私としては歯ぎしりするほど残念であった。
 そんなこともあって新しい「京都マラソン」を楽しみにしていた私ではあったが、抽選発表がなんと1か月も遅れる醜態を事務局が演じた上に私は落選で無念の一言であった。それでも気を取り直し、仲間三人の応援と写真撮影に友人ともども出かけた。天気はよく適度な低温で風も弱く、絶好のマラソン日和になった。今回のコースは京都市の西南部の西京極から北部の宝ヶ池方面までの広い範囲にわたっていたが、比較的私に土地勘のある北山通りから宝ヶ池方面に撮影ポイントを絞ることにした。京都駅から地下鉄で私は北山駅で下車してよく子供たちのサッカーを応援した宝ヶ池球技場から急坂を上った23キロ地点、友人は松ヶ崎で下車してランナーが何度も折り返す北山通りで応援と撮影を行った。
 1枚目の写真は、そのコース周辺の雰囲気を表したもので、左下は北山通りから宝ヶ池球技場方面を見た構図で、左側に給水場所が映っており、右側に伝統の五山送り火の「妙」の字が見える。右下には水を入れたコップを並べるボランティアの姿、そして左上はその道を北に上ったところの過酷な急坂、それを登ってトンネルを過ぎ、宝ヶ池を折り返してほっとして坂を下っているランナーたちの姿がある。左下には宝ヶ池球技場がわずかに見える。右上は、ランナーが来る前に、トンネルを通って戻る地点での撮影の準備をするプロのカメラマンたちである。右の真ん中の写真は、18キロ地点で撮影した鴨川べりを走るランナーが遠くに見え、全体として穏やかな天気の中のレースを印象付けている。
 2枚目、3枚目は仲間の写真で、これを見ていると北山通りのコースの狭さが大変気になるところである。4枚目は狐坂と言われる急坂をほぼ上りきった地点での別の仲間の写真であるが、左上にはここにやってきたトップ集団の写真で、大変厳しい表情が見える。この地点は高低差があるため写真には大変向いた場所ではあったが、苦しくて足元を見て走ってくるランナーが多く、仲間の発見も難しいうえに相手もこちらを見つけにくい難点があることを実感した。
 最後の写真は、特に何かがあるというよりはただのトピックスである。上の2枚はこの地点が30.5キロの第五関門であることを示している。スタート後4時間23分に閉鎖される数分前の様子で、時計の下にある幅の広い白い布をその時間になればランナーの通路に広げてランナーをストップするのである。私もその瞬間を見ていたが、この時間にやってくるランナーの多くは疲れ果てて自主的にリタイアするものも多く、トラブルは全くなく穏やかなものだったのにはちょっと拍子抜けした。それ以外の写真は、芸人の「女と男」やTBSアナウンサーなどのタレントの写真で、それ以外に所々に今回の写真を撮ったカメラマンが隠れている。
 今回のレースには14,000人を超えるランナーが参加し、完走率は95.4%と高く、応援も活発で問題がないように思われるが、私が見聞きしたことなどを含めて問題点を提起しておきたい。そのひとつは京都市という狭いところでフルマラソンのコースを設定するという難しさのためか至る所に問題があったようである。折り返しが多いことや、なんと8キロ地点辺りで大勢のランナーが数分間全く動かないストップ状態になり、その説明が全くなく、あるいは緊急車両通行のためだとかの誤った情報が伝えられたことがあったらしい。なんだか福島原発事故の時に起こった状況と似ていて、また“想定外”だったのかと思うと嫌な感じである。
 私が見ていた範囲でも、例えば北山通りなどの走路は極めて狭く、混雑した状態では危険でさえあり、ランナーには強いストレスがかかる。また鴨川の河川敷は舗装されていなかったようで、雨が降っていたら恐ろしいと伝えるランナーもいた。また、特にスタート地点ではトイレの数が少なかったとのことで、これはランナーにとってもっと困る問題であろう。さらに応援する側にも難しい問題がある。特に北山通り周辺はランナーが折り返しなどで長時間にわたって道路の横断が禁止されているため、地下鉄の出入り口が交差点の四方にない場合には市民や応援者が道路の反対側に移動できないことがある。これに関しては、京都には景観の関係か歩道橋が少ないのがその原因のひとつになっているらしい。しかしこれもコース設定などで何とかなるはずで改善されるべきと思っている。
 runnetのウェブサイトに寄せられているランナーからの評価によれば満足度は75.1%と決して高くはなく、多くの苦情が寄せられているのは残念である。でも、その中には、この狭い京都で行われるのだからその辺りのことはやむを得ないと考えるべきで、もっと楽しんで走ればよいのではとの意見もある。それも一理あるが、ランナーには、楽しんで走る人と自分へのチャレンジで時計を睨んで走る者も多く、その両方を満足させる実行力が主催者には課せられていると考えるべきである。
 それが出来ないのであれば、東京マラソンに誘発された大都市フルマラソンの誘惑に負けずに、広々とした道路を悠々と走らせてもらえるなど、立派にそして極めて良好に運営されていた、私が大好きだったかっての「京都シティハーフマラソン」に戻せばよいのである。赤字をなくす手段などいくらでもあるのだから。

追記:書き忘れたことがあります。記録についてです。最近はフルマラソンでは普通に行われている「ランナーを追跡するシステム」が動いていないことには驚きました。また、ゴール後に出されるランナーの記録の速報性も悪く、普通にできていることもできていないのはまったく残念です!特に、走っているランナーの、例えば5キロごとの通過タイムは応援する側にとっては必須のデータです。それがなければ大勢のランナーの中から目的のランナーを探し出すことは不可能なんですが、そんなことも分からないで大会を運営しているのかと思うと、だんだん怒りが増してきます。しっかりやっていただきたい!!!

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