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2013年10月の記事は以下のとおりです。

初当選の第3回大阪マラソンを存分に楽しんだ!

  • 2013/10/29 09:42
 初当選の第3回大阪マラソン(2013)を二日後に控えた10月25日、受付のためにフィニッシュ会場でもあるインテックス大阪に向かった。このレースの前哨戦として参加した福井マラソン(ハーフ)は南海上に台風を抱え、いやな雰囲気の中で行われ、その結果気負いすぎもあってか惨敗を喫した。そのときと同様南に台風27号とおまけにもうひとつ28号がそろい踏みで雨模様の中受付会場に着いた。ゼッケンなどを受け取って多くの店が展開するEXPO会場は写真のように華やかで、多くの呼び込みの声が鳴り響いていた。ただ、東京マラソンのことを考えると規模はかなり小さく、店の種類と数も少なくて私が当然買えると思っていたサプリメントの店もなかったのはいささか残念であった。
 私はかなりの心配性なので、スタート会場である大阪城公園も見ないわけにはいかなかった。ニュートラム、地下鉄、JRを乗り継いで大阪城公園に着いたが強い雨のためか、まだ2日前ということもあり仮設トイレが少し置いてある程度で、ほとんど何のセッティングもされてはいなかった。組織委員会からのパンフを片手に売店のおばさんに話を聞きつつ、着替え場所や荷物預け場所、さらにウォーミングアップをする場所などを確認し続けた。この会場の一番の欠点は、私の荷物預け場所のトラックの位置からスタート地点までは歩いて25分もかかると推定されている点で、それを確認しておかないと安心できない気がしていた。スタートの1時間も前に荷物預けが終了することになっているのもそのためであろうと推測していた。
 その辺りをいろいろ見ながら天守閣を挟んで反対側となるスタート地点を確認に歩いた。ほとんどお堀の外側を歩いたが、大きな城としては名古屋城や姫路城しか知らない私には、大阪に住みながら大阪城の大きさを知らなかったことに驚いた。そしてやっとスタート地点に近い大手門のところに来て初めて光り輝く天守閣が垣間見えた(1枚目の写真)。その辺りをスタート地点にした理由にも納得であったし、更衣場所や荷物預かり場所とスタート地点の距離があるのもやむを得ないのかと少し納得した。そして同時にそのあたりは私がしばしば来たことがある「天満橋」と呼ばれるところに近いことや、スタート地点辺りの位置関係がやっと頭の中に入り始め、JR大阪城公園駅からスタート地点までに長い階段を上がったことでかなりの標高差があることも分かり、スタート直後にあるとされる2つの小さな上り下り(2枚目の写真)はそのせいだと勝手に納得した。
 ここからは当日の話である。朝7時前には大阪城公園駅に着いたが、公園は既にランナーで一杯になりつつあった。空は真っ青で日が照るのが怖いと感じてしまうほどの好天気であった。それを避けるように森の中に入り、荷物預かりのトラックのそばにすわって着替えをし、デキストリンやアミノ酸などのサプリメントを入れたポシェットのようなものを身につけ、森の中をジョギングして体を温めた。そして8時10分前には荷物を預け、寒さを防ぐために使い捨てレインコート(100円)を着てドリンクをもち、スタート地点に移動を始めた。そこまでの間に少し走れるかと期待していたがそれは全く無理でランナーでそれほど広くない道は一杯であった。
 スタートブロック“C”に入る前にトイレの前に並んだが、8時35分のブロックに入る制限時間に間に合いそうもなかったので諦めてブロックに入ってスタートを待った。仕方なくそこで30分ほど待つことになったが、そこで初めてGPS機能付きのGarmin Forerunner110をセットしていないことに気づき慌ててセットした。私は全体の細かいデータを自動的に取るためのその時計と、1キロごとの距離表示に従って自分でラップを取るためのNikeの時計の2つをいつも携行している。8時50分の気温は19℃と放送があり、風はほとんどなく、当面はいいコンディションであった。
 9時になってやっとスタートした。しかし私がスタートラインを通ったのはその3分39秒後で(5枚目の写真)、そこで時計のボタンを押した。走り始めの感触は良く、道路幅も適当でランナーの間はそれほど混んではおらず、接触の危険もそれほどなく落ち着いて走ることができた。それからは2枚目の写真のようなコースを走り、当初目標としたキロ6分の厳守が待ち構えていた。3枚目の写真は横軸に距離、縦軸に1キロ当たりのペース(分)と標高差を表したグラフである(今回は心拍計は装着せず、また標高差の信頼性はかなり悪い)。現在使用しているこのグラフ表示ソフトはかなり速度変化に敏感に反応しており、給水所での速度変化、あるいは高架道路下を頻繁に走ることからかそれによる悪い電波状態にも反応しているようである。そして4枚目の写真はそれを1キロごとの細かい数値データに変換されており、その1キロ区間の様子がよくわかるようになっている。ただし、最後のタイムはゴール後にストップがうまく働かず、10秒ほど遅いタイムになっている。そして5枚目の写真はケイ・オプチコムが提供しているランナー追跡アプリのデータを載せさせていただいたもので、全体のタイムとともに5キロ区間で区切ったペース(分)と順位変動を示している。それをみると、30キロまでの5キロごとのペースタイムは厳密に29分台を刻んでいる。
 4枚目の細かいデータを見ていただくと分かるが、およそ32キロまでは最初の1-2キロ間を除き、キロ当たり5分42秒から6分04秒までの間を行ったり来たりしている。これはほとんどが上がりすぎたペースを1キロごとに修正努力をした結果である。特に2枚目のコース地図でみると、広い御堂筋の北向きと南向きを含む20キロあたりまでは実際にはかなり応援のお客さんからは離れて走ることが多いが、20キロ周辺の大正橋から西成区岸里を経て南港に向かう32キロすぎまでは歩道の応援の人数が凄く、お母さんに抱かれた赤ちゃんや子供から車椅子に座られたおじいちゃんおばあちゃんまでが拍手して、またタッチをしようとして手を出して応援してくれていた。それを見ていると、子供やお年寄りや沿道にいる多くの人々とタッチし、その手を握り返して子供たちと走る喜びを分かち合いたい、お年寄りにも元気をもらってもらいたいと頭がひらめき、歩道際まで走り寄って高い位置、低い位置の手にタッチし握り返しながら走っていた。そんな時時計を見るとテンションが上がったかペースも上がってしまっていることが多く次の1キロは意識してペースを落として走っていたのを覚えている。応援してくれる人みんなに力を分け与えたいと思いながら、その人達から沢山の力を貰ったのもうれしい限りであった。余裕をもってイーブンペースで走っていると、実に頭が自由に働く感じがしていた。
 そういう意味で今回のレースでは嬉々として走れていた感じがする。それでもじりじりと疲労が蓄積し、3枚目の写真のグラフでも32キロ過ぎから黄色のペースタイムが少しずつ右上がりになっていることがお分かりであろう。しかし、それでもイーブンペースを守り続けてきたおかげで20キロからフィニッシュまでの間に1791人のランナーを抜きながら、苦しくとも気持ちよく走れたのである。余裕をもってイーブンペースで走り続ける醍醐味がそこにあるようである。最終的には4枚目のデータで分かるように、目標のキロ6分に対して実際にはキロ5分59秒であった。
 今回もうひとつ徹底的に実行したことは、給水所では必ず給水を試み、出来ればスポーツドリンクを飲み、10キロ前辺りからは150キロカロリーのデキストリンを3個、200キロカロリーのものをひとつで計650キロカロリーを口に入れ、スティックに入った粒状の分岐鎖アミノ酸を2本摂取したことであった。これ以外にもスタート前には同様のアミノ酸と200キロカロリーのデキストリンをとり、これまで度々失敗してきたと思われるエネルギー切れによる“歩き”は絶対に起こさないという決意で実行した。このようなことのひとつひとつが、1年半前の長野マラソンから3分更新した今回の4時間15分39秒という好結果につながったのであろう。これからもそれを徹底してゆきたい。しかし、私が8年前の66歳時にホノルルで出したベストタイム3時間51分45秒にはまだ遠く、それにチャレンジする価値はある。
 今回の大阪マラソンは、準備、スタート会場設定、コース設定、フィニッシュ会場設定ともにほとんど問題を感じなかったし良い出来だったと思う。ただし、記録測定用のベルト状のものが道路に貼られるが、その表面が緩く網状になっており、ランナーが足を引っ掛けて転倒している姿も見られた。これは危険である。また道路のコンクリートのつなぎ部分に青い幅広のテープが張られていたが、それが柔らかく足をとられそうな感じがしたので、次回には改善してもらいたい。とにかく、初参加のこの大阪マラソンでは大いに楽しませていただいたことについて、多数のボランティアを含め関係者各位に深く感謝の意を表したい。お陰様で最高のビールを楽しませていただいた。来年も抽選に当たることを期待したい。
 なお、すべての写真はワンクリックして拡大させてご覧ください。
追記:
 今年になって故障防止のためにレッグカバーとコンプレッションインナーを使ってきたが(http://www.unique-runner.com/blog/diary.cgi?no=201 )、レースではCW-Xのコンディショニングウェアを着用していることと、インナーは走り出す最初に腹部に圧迫感が出るため、それらはレースでは使用していない。
追記:
 数日前に正式の記録賞が届いた(12月1日)。
 ネットタイム:4:15:40 グロスタイム:4:19:18
 年代別順位(ネット):5位/133人中(マラソン男子70-74歳)
 男女総合順位(グロス):6453位/27669人中
 男女総合順位(ネット):6944位/27669人中
 正式順位:5536位/20903人中(マラソン男子)

第36回福井マラソンに初参加、惨敗だった!でも、その原因は?

  • 2013/10/08 11:01
 今年は初めて大阪マラソンの抽選に当たったので、いつもの「あざいお市マラソン」よりも少し早い時期のハーフを捜した結果この福井マラソンを見つけ出した。それほどあちらこちらに出かけているわけではないが、日本海側でマラソンを走るのは初めてで楽しみにしていた。
 2月に法隆寺マラソン(ハーフ)に出場して調子よく走っていたにもかかわらず17キロ地点で強風が引き金になって転倒してしまったため、その後の京都マラソンと長野マラソンをキャンセルすることになってしまった(http://www.unique-runner.com/blog/index.php/view/187 )。そんなこともあり、転倒して肋骨骨折もしていたが最後まで走って1時間48分10秒を出したこともあり、気温が高いと予想される10月初めではあったがその程度のタイムは是非出したいと願っての参加であった。しかし、気温とコースの状況が気がかりであった。
 前夜から福井駅前のビジネスホテルに宿をとり、万全の態勢で挑んだのであったが、運悪く今年の猛暑の延長か南の海上に2つの台風を抱える嫌な気象条件であった。こういうときは南からの温かい湿気の高い空気が日本海側にまで入り込んでくるのが通例で、フェーン現象による高温を危惧していた。当日朝7時15分頃にはスタート会場である駅前に近い中央公園に行き、初めての会場を歩き回ってその雰囲気を感じ取っていた。会場の中央では様々なアトラクションが行われていて(1枚目の写真)、第36回という息の長い大会のためか運営には手慣れた感じがしていた。しかし、私の持っていたアラーム時計では8時の時点で気温は25℃近くで湿度は70%ほどを示していた。
 スタートは9時であったが、その前の軽いトレーニングでは決して調子は悪くなく、むしろ良い感覚であった。しかしスタートラインのところで主催者側から聞いた気象条件は意外なものだった。8時半の時点で気温22.7℃(湿度78%)と言われ、周りのみんなはへぇ~そんなに低いかという顔付であった。私は陸連登録者としてエントリーしたので“ハーフ公認”と言う種目の登録(白ゼッケン)で、スタートは一番前であった。スタートの少し前に隣の男性と話をしていたところ、我々がスタートしてから2分後に一般のランナーがスタートする方式であることを初めて知った。うかつな話であった。その種目は男女合わせて330名(男子207名)ほどだったが、見るからに速そうで私のような白髪のランナーをほとんど見つけることができなかった。
 スタートするとすぐに白ゼッケンのランナーは素晴らしいスピードで走っていき、私も早々に飛ばして走ることになってしまった。後から考えるとこれが大失敗の始まりだった。コースは中央公園をスタートし、福井運動公園のそばを通って県道115号線を北上してほぼ13キロ地点で折り返して福井運動公園でフィニッシュするというルートであった(2枚目の写真)。それが福井県のどのあたりに相当するかは3枚目の地図付の写真で判断していただきたい。福井駅の右の方には永平寺の名前が見える。
 実は8時半ころからは事実上カンカン照りで、直射日光も厳しく気温も上がって早くも苦しくなったので4キロ地点くらいから意識的にスピードを落とし、この時点で早くも50分切りは断念することになった。あとは我慢の苦行で、どこまで持つか、いつ歩くかが頭の中を走り回る状況であった。道は広く走りやすくなんの文句もなかったが、日を遮る街路樹がそれほど大きくないのが残念至極であった。 その走りの状況をGarminの時計で記録したのが4枚目と5枚目の写真である。4枚目は横長のグラフで、心拍数がピンク、キロ当たりに換算したペース(分)が黄色、緑色は標高(m)である。心拍数を見てみると、6キロ地点に瞬間的に高い値があり、7.5キロから11.3キロまで一定の高い値があるが、これは心拍計のベルトが下がっていたための誤作動であることは間違いなく、全体としてみると150-160の間で安定していたとみて間違いないであろう。またペース(速度)は最初の4分台から4キロ地点辺りからペースを落としたことは明らかである(グラフの線は上に上がっている)。しかし、ジリジリとペースを落としており、15キロあたりからキロ6分を切れなくなっていることが分かる。とにもかくにも10キロ以降は難行苦行であった。なお、ペースのグラフで6か所ほどで鋭く高くなっているのは、給水所やスポンジを取るところでスピードを落とす、あるいは歩くなどした時のデータである。それが終盤に集中していることでその疲労度合いが分かるであろう。
 なお、緑色に塗りつぶされているのは標高を表しているが、Garmin Forerunner110は標高の精度には問題があり、ピークの高さはあまり厳密に考えない方がよい。しかし、2枚目の写真の右上に標高のデータが載っていてこのコースの標高差は公式に8メートルとなっているが、その標高差に似た上り坂下り坂がかなりの数あり、走りながらその数字を思い出しつつ坂の苦しさに愕然とした覚えがある。
 今回の私は走りながら時計を落ち着いてみる余裕はなく、とにかく2時間15分はかかると思い込みながら走っていた。疲労した状況では暗算もうまくいかないもので、運動公園にゴールした時に2時間3分の時計を見たときには本当にほっとした気分であった。公式時計は2時間3分18秒、ネットタイムは2時間3分13秒(私の時計は12秒)、ハーフ公認男子の順位は159位(エントリー207名)であった。
 では、どうしてこうゆう結果になったかをよく考えてみた。気温、湿度は確かに高かった。公式発表の8時半のデータは福井地方気象台の百葉箱のデータである。私もその気象台のデータを調べてみたが確かに8時半は22.6℃(湿度78%)、9時00分は24.2℃(73%)、10時00分は26.5℃(63%)、11時00分は27.8℃(57%)で、当日一番気温が高かった時間に私がゴールしたことになる。実際に日に照らされて舗装道路を走っている我々はこれよりかなり高い温度にさらされていたに違いない。その影響もかなりあったと思うがそれだけではなかったように思う。
 この程度の高い気温の中で走ったことはこれまで何度もあり、「あざいお市マラソン」も「長野マラソン」もその開催時期から考えてもその気温はかなり高い。問題はもうひとつ別のところにあったような気がする。それは最初のスパートである。これまでのマラソンでは最初は、たとえ先頭からスタートしても、すぐに全体が一緒に走ることになり、混雑することもあってそれほどスピードを出さない。丁度ウォーミングアップをしながら最初は走り、徐々にスピードを上げるというのがいつものことであった。しかし今回はそうではなく、冬場ではない高い気温の中“先頭集団”として最初の1キロを4分58秒で走ってしまったのである。このような状況を3-4キロまで続けてしまって結果安定した自分のペースに乗りそこね、それが早い疲労を招いたと考えるのが一番妥当かもしれないと思うようになった。それに加えて今夏の猛暑の疲労、レース前しばらくの軽い夏風邪、それら全体が今回の厳しい結果につながったと考えたいと思う。気温ばかりとは言ってはいられない気持である。

私のアサガオ 2

  • 2013/10/07 13:39

 今日はもう10月の7日であるが、ここ2日ばかり少し数が減ったとはいえ我が家のアサガオは相変わらず精力的に咲いている。それを祝ってまた組み写真を1枚と、ちょっと風変わり?な実験をしたのでその写真1組を掲載しておきたい。
 人々は昔から野山の花を切り取り、それを水を入れた花瓶のようなものにさして身近に花を楽しむことを知っている。それを知らぬ人はほとんどいないが、ではつぼみを開かせることがどうしてできるのかはあまり考えたこともないというのがほんとうのところだろう。私自身もそうである。
 ところが今年のいつだったか読売新聞にアサガオの開花についてチラリとあることが書かれていた。それは、花弁の細胞が持っているデンプンが分解されることによる「浸透圧」の変化が細胞の成長(伸長)に偏りを生じ、花弁が開くことになるというのである。実は、丁度その頃私は私が非常勤を務める看護学校で、看護師の卵に自然の法則としての「浸透圧」の大切さを教えていた時だった。
 本当のことを言えば、私たちは学校で多くの法則などを習い、試験があることもあってそれを覚えようとする。しかし、それが自然(私たちの身体の中のことも含めて)においてどのように働いているかを実感することは非常に少なく、学校で勉強したことが実感として私たちに根づくことがない。それは日本の学校教育の最も重大な欠陥のひとつと思われる。私自身が確かに根ずいていないと感じるからこそ自信を持って言える。
 そういう訳で、読売新聞に出たちょっとした一言が凄く私を揺さぶったのである。折しも私のベランダには沢山のアサガオが毎日咲いている。アサガオの花を簡単に室内で咲かせるにはどうしたらよいかを知ろうとネットで検索したところ、新潟大学の和田清俊教授のホームページに行き当たった(http://www.sc.niigata-u.ac.jp/biologyindex/wada/p21/p21-1-1.html )。そこには何と次のように書かれていた。「アサガオのつぼみは、つるが左巻きにらせんを描くのに対して、反対巻きの右巻きにねじれているが、このねじれがほどけるようにして開花する。開花前日のつぼみを切り取って、水にさしておいても、つぼみは正常に開く。このような性質のため、室内で開花の様子を観察することができる。」
 このことから、葉っぱはなくともつぼみだけを水に挿しておくだけで開花するらしい。つまりはすべては水のあるなしということになる。そこで私はつぼみだけを切り取って水に挿し、開花することを確認しようとした。小さな瓶に剣山を置き、そこに水を入れてつぼみだけを挿したのである。ウェブサイトには簡単そうに書いてあったがやってみると意外に難しくて、何回かの失敗の後でうまく開花するようになった。ポイントは、前日の夕方の時間のようにまだ成長していると思われる段階でつぼみを切り出さず、あとは開花するだけという夜遅くに鋭利なカッターナイフでつぼみを切り出して剣山に挿すようにすることであった。そうすることで高い確率で開花を見ることができるようになった。その写真が2枚目の組写真である。
 左上の開花前のつぼみが開花したのが右上の花で、左上から2枚目のつぼみが開花したのが下の3枚の写真である。確かにこの段階に至っては水だけが問題らしい。こうして咲かせた花は卓上で楽しむことができてなかなか粋な感じでもある。
 実はここからが問題で、この開花が確かにデンプンが分解されて浸透圧に変化が生じ、それが開花につながっていると誰が証明しているかである。それがはっきりして初めてよく知られている浸透圧という科学的法則性が開花と言う現象の中に生きているということができるのである。先ほど挙げた和田教授に直接聞いてみたが、直接的なデータがあるかどうかは分からないとのことであった。
 こんな話に私がこだわっているには理由がある。私は特に決まっているわけではないが、ここ数年大阪大学の理学部に入学してくる学生を「理」(ことわり)の世界に招待する講義を依頼されることが多い。そこで今年はこれまでとは趣向を変え、これまでの看護学校での講義の経験を生かし、「浸透圧」という比較的よく知られた原理がいかに自然の中に息づいているかを幅広く調べて1回生に紹介し、好奇心を掻き立てたいと考えている。「浸透圧」なんて赤血球を水に入れれば破裂する、そのときに働いているくらいにしか思っていない学生に、その「浸透圧」を突き詰めてゆけば「生命(いのち)とは何か?」という重大な問題に突き当たると話したいのである。
 それにしてもアサガオの開花に本当に浸透圧が関係しているかを調べなければならない。和田教授は私にそのことを研究していると思われる研究者の名前をあげてくださった。これから直接問い合わせてそれについての実験データを聞かせてもらうつもりである。楽しみである。
 

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