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2019年04月24日の記事は以下のとおりです。

善光寺の桜はこれまでで最高だったが、私の長野マラソン2019は惨敗でした

  • 2019/04/24 18:03

 東京マラソン2019から1か月半、体調も万全とは言い難いことから今回の長野への挑戦には困難が付きまとうだろうことは、初めからわかっていた。だから今回の結果にも驚かないし、今後に向かって立ち上がる気持ちがさらに湧き上がってきている。とりあえず、素直に今回の結果を振り返っておきたい。

 いまは神奈川に引っ越しをしたので長野行きには新幹線が利用でき、関西から出かけるのに比べればほぼ半分以下の時間で済む。そのために余裕をもって時間を使えるのがうれしい。そんなことから新幹線に乗る前に東京駅で美味しいラーメンを私と遊んでくれる仲間と食べてから出かけることにしている。今回もこれまでとは別のラーメンを味わって英気を養い、北陸線新幹線のホームに向かった。そのホームで珍しいものを見た。それは最初の写真の上の部分のように2つの新幹線列車が頭同志(鼻同志?)で連結している姿である。調べてみると緑ははやぶさで、赤はこまちで連結したまま走行し、たとえば緑は山形、赤は秋田にたとえば盛岡駅で分離されて運転されるものと思われる。ただこの組み合わせはほかの線でもありうるので断言はできない。
 わずか1時間半で長野駅に着くとそこは長野マラソン一色で、何年か前に一新された駅構内には大河ドラマ“いだてん”ばりの巨大な吊下げ写真広告が飾られていた。例年通りビッグハットで受付を済ませてゼッケンを受け取り、ホテルで一休みしてからいつものように善光寺に向かった。うれしいことに今年の善光寺の桜は最高だった。コースの一部でもある大門交差点角にあるピンクの枝垂桜は写真のように満開(右下)、善光寺本堂の西側にある桜も満開で少し黄緑色の桜が混じっていて面白い(左側)。ゆっくり参拝してから少しお土産も手に入れ夕食を取り、宿に帰って明日に備えた。
 21日の早朝6時半にホテルのバスでスタート地点のアクアウイングに送ってもらい、余裕をもって準備することができた。確か私たちが到着したころは9℃くらいだったと思うが、曇で風もなく少し寒いくらいで絶好のマラソン日和だったといえる。スタート前に4人で写真を撮ったが、左から昨年も登場したB君、次はC君に私、それに長野の常連ではあるがまだ名前がついていないD君(東京マラソンでカメラマンを務めた)でみんな気合が入っているように見える(3枚目の写真の上)。残念ながら昨年のA君は仕事の関係で欠席である。スタート前から危なそうなのは仲間より30歳前後高齢で体調に難問を抱える私に、東京マラソンの後遺症を抱えるC君である。公式のデータによれば気象状態はスタート時に10℃、12時には14℃でそれほど気温も上がらず、風も弱い絶好のコンディションであった。
 8時30分に号砲が鳴りスタート。私は最後尾に近いところのブロックからのスタートでスタートラインを超えるまでに7分39秒かかっている。私の目標は5時間以内の完走で、厳密にキロ7分を守りえた時のみに目標は達成できる。しかし現実は厳しく、スタート直後から体は重く、10キロあたりまではそれほどの苦労なくキロ7分を少し切る申し分のないラップを刻むことができたが、13キロを過ぎるあたりから目に見えて脚が重くなり、15キロあたりでは残念ながらどこかの関門でのリタイアを覚悟した。その辺りの様子は4枚目の組み写真で明らかである。上の部分は一応公式に近いランナーズアップデートのデータで、記録は5キロ刻みのラップで20キロまでのデータしかない。その最後の15-20キロの間のデータは一挙にそれまでより7分遅いデータになっているが、その下の私のGarminのGPS付き時計での計測データをご覧になればお分かりのように、14キロ以降は次の20.8キロの関門でリタイアすることを決めていたので、こんな経験は初めてであるが沿道や五輪大橋上で応援してくださる方々と話をしながら走ったというのが正直なところである。話をしながらと言うか,”頑張って”と言われるのに対しては“来年はもっと頑張るからね、今年はもう少しだけ”と言いながら走っていた。なんだか応援してくれる人たちの顔がよく見えた。その内に関係者が乗った車から私たちに“後ろから収容バスが来ますからそのバスに乗ってください”と言われてびっくり。後ろを見るとバスが来ていたのである。良く考えてみれば、私たちが居た位置は、この時点では今年の長野マラソンの最後尾だったのである。当たり前だが、自分がこんな位置にいようとは考えてもみなかったことで、ちょっと寂しい気持ちになったのは事実であった。そして20.8キロの関門の手前200メートルあたりでバスで関門まで移動、そこでバスを乗り換えてゴール地点まで到着した。なんと仲間の中では最も早くゴール地点に着いていたことになる。完走できなくとも飲み物、おにぎりなどはいただけるが、今年は小さいながらも“Nagano marathon”とだけ書かれた汗をぬぐえる程度のタオルではあるがいただけて有難かった。長野マラソンの歴史上こんなタオル(5枚目の写真)は初めてであった!?
 私以外は皆さんはしっかりとゴールされた。怪我を抱えていたC君はキネシオを貼りまくった身体で3:42:38、東京でカメラマンを務めてくれたD君もテーピングで補強して3:52:41で確実に3時間台を守り、B君は4:22:42で見事昨年の雪辱を果たした。
 これが長野マラソン2019の顛末である。完走率は全体で85.44%と公式に発表されており、今回のようによい気象条件でも約15%近いランナーが完走を果たせなかったのである。私もその残念な1人になってしまって悔しい。制限時間5時間という制約はなかなか厳しい。でも、この制約の中で私も鍛えられてきたので今後もそれに耐えられるだけの努力をしなければならないのは当然であろう。私は70歳台では4時間台を守ると言う密かな目標を持っていたが残念ながら途切れさせてしまった。でも、80歳代でも4時間台で走れるという実績を示したいものだといま思っている。それには体調回復が最大の課題である。ただ、ちょっと余計なことだが、4枚目の下の写真の少し右の方を見ていただきたい。心拍数という項目があり、4キロまでは出だしと言うこともあり高く200前後だがそれ以降は140から150代前半と安定している。私は現在も部分的な房室ブロックと言われる不整脈を持っているが(もっと難しい不整脈はカテーテル手術で治療した)、それなりに安定していて大変うれしい。
 なお、多くの写真を提供してくれたB君、C君には心より感謝したい。

追悼:
 このブログを書いた後に小出義雄氏がお亡くなりになったことを知りました。ここに小出氏のマラソン界への未曾有の貢献ををたたえたいと思います。小出氏がマラソンは楽しんで走るものであることを徹底してくださったおかげで、私は今も走り続けているのだと思います。心からご冥福をお祈りいたします。

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