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「部活 リケジョ大発見」とは?

  • 2011/11/19 10:00

 2011年11月17日読売新聞夕刊に「部活 リケジョ大発見」との記事が出ていた。この記事のメインは、部活で理科の実験をしていた茨城県立水戸第二高の数理科学同好会所属の女子学生5名が、以前から知られていた物理化学の難題である「BZ反応」の未知の側面を発見したと報じたことであった。「リケジョ」とは「テツジョ」などと同様の「理系」にのめりこんだ女性の呼称として使われている。
 私は生物学に関連した研究・教育に携わってきた人間だが、それと少なからず関係していると思われる「BZ反応」には強い興味を持っていた。しかし、自分の研究にその問題を持ち込むことの難しさもあって、教育内容にそれを取り入れようと努めてきたのでその内容については少しは知っているつもりである。その目でこの新聞記事を読むと非常によく書けていて申し分ない。1枚目の写真をクリックで拡大してとくとお読みいただきたい。
 この「BZ反応」とは、1951年に旧ソ連の生物物理化学者であるB. P. Belousovが発見したが化学会では、「化学反応がリズムをつくりだす」なんてことはあり得ない(「非線形科学」吉川研一著、学会出版センター、1992)として当初は認められなかった。しかし、同じ旧ソ連の化学者A. M. Zhabotinskyがこの現象を確認し、さらに2枚目の写真の左側に見られるような空間的に振動現象が広がる系も確立し、学会もそれを認知せざるを得なくなった(2枚目写真の左側は、左上から右下への時間変化。右上の図は無視)。
 この当初の反応とは、数種類の化学物質を溶かした均質な水溶液の色が突然別の色に変わる現象が一定の時間間隔で継続され、ある化学物質が使い尽くされてしまうとその反応、つまりは「時間的振動反応」が停止するとして知られていた。この振動反応の例はその後いろいろと知られるようになり、この記事にあるような赤と青の振動、あるいは青と無色の振動などいろいろとある。
 さらに、例えば上に述べたように時間的・空間的振動現象も多く知られるようになった。2枚目写真の左側の図は、シャーレ(ペトリ皿)にある均質な溶液を入れて放置すると(あるいは何か反応の種を入れる)、模様が突然現れそれが時間的・空間的に拡がる有様を図で示したものである。私は学生にこの現象を見せるために自分で実験した時の様子を図ではなく、写真を撮ったものをまとめて使っていた。その写真を3枚目として載せてある。当初赤い色に近い均一な溶液であるが、数分後には突然数か所に白い点が現れ、それが広がっていくことを繰り返すのである。この写真は左上の時点からほぼ3分おきくらいに写真を撮り続けたものを合成したもので、左上から右へ、そして中断の左から右へ、そして下段の左から右へとの時間経過を表している。見事なパターンが形成されるのがよくお分かりになると思う。この過程のどこかでいったん液を混ぜてしまうとそのパターンは消えてしまうが、静置すると今度は別のパターンが現れ、制御することはできない。そして、時間がたつとその現象はストップしてしまう。
 この現象の理論的業績によってI. Prigogineはノーベル化学賞を受賞した。また一方、生物の持つパターン、たとえばヒトの足や手の指が不連続に5本あること(“デジタル”という言葉はここからきている)、脊椎はよく似た形の椎骨が積みあがってできていること、肋骨が一定間隔にできていること、また、動物や魚のシマ模様やキリン模様など(2枚目の写真右下の図)、多彩な不連続なパターンでできているが、これらの謎を解きたいと考えたA. Turingが「チューリングパターン」の存在を数学的に明らかにしてこのような研究を大きく進展させてきた。わが国でこの分野で活躍する近藤滋氏や吉川研一氏をよく存じている。
 このようにリズミックに不連続に現れるパターン形成は生物界、非生物界を問わずに多彩に現れるが(気象現象もそのひとつ、たとえば竜巻や晴天乱気流など正確な予報はほとんど不可能)、この宇宙の形成さえもこのようなパターンでできていると考えることもでき、極めて重要な課題である。しかし、この研究分野は複雑な数学的取り扱いも要求され、数学研究そのものも必要とされるほど難解である。この分野の研究は「非線形科学」や「複雑系科学」と言われ、“足し算のできない”、“単純でない”科学の典型としていま多くの科学者の興味の的であり、研究対象であるが遅々として進まない。それほど厄介な分野なのである。
 「リケジョ」の話に戻そう。私を含めて多くの研究者が、“もう振動反応は終わった”と思った数時間後に、なんとまた振動反応が再開されたことを発見したのである。“驚きました、驚くべき観察眼だ!”というのが私の正直な感想で、私は同じようなことを講義用にやってはいたが、終れればその溶液を捨ててしまい、「リケジョ」たちのように捨てずにカラオケに行ったりはしなかったのである。それにしてもよくぞその論文を世界的にトップクラスの雑誌に発表されたものである。
 ちょっと変わった話であるが、皆さん金平糖をご存じでしょう。4枚目の写真は京都の有名な金平糖屋の「緑寿庵清水」のパンフである。そこに映っている金平糖ひとつひとつの表面には、とびとびに「機雷」のような突起が付いている。どうしてこんなものが出来上がるのだろうか?金平糖は1550年頃にポルトガルから伝わったようで、なんとこれも複雑系科学の立派な研究対象になっているようである。“複雑”な現象は、物事を“単純”にして観察しようとする科学者の身近になく、我々の身近にある自然な物事の中こそ転がっているのである。だから、もっと多くの「リケジョ」や「リケダン?」の出現を期待したい。

追記:この記事を書いた2日後、5枚目の写真のような記事、“マイクロ波の「ムラ」予言”が読売新聞朝刊に掲載された。ここに書かれていることは、私が上に「宇宙の形成さえもこのようなパターンでできている」と書いたが、スニヤエフ博士がすでに発見されていたムラを1970年に理論的に予言出来たことで今年の京都賞を受賞したとの報道である。このタイミングな新聞記事もお読みください。

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