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懐かしい花 ダリアを町田ダリア園で楽しむ

  • 2019/11/13 10:10

 私が子供の頃、住んでいた田舎の家の前の畑あるいは花壇には決まってダリアの花があった。私は栽培が比較的簡単なこともあってダリアの花が好きで、毎年サツマイモのような形の球根を植えて楽しんでいた。しかし、最近都会の街中でダリアを見ることは意外にまれで、ダリアと聞くとなんだか懐かしい気がして仕方がない。今回、家から近い町田にダリア園があると知り、11月5日の快晴の日、小田急町田駅のバスセンターから⑤山崎団地行きバスに乗り北一号下車で15-20分の短い旅で到着した。そこは町田薬師池公園 四季彩の杜 町田ダリア園と呼ばれ、およそ500品種4000株が小高い丘の斜面に植えられていた。今年は6月29日~11月4日がダリア園の祭りのようで、訪れた日は一部盛りを過ぎた部分もあったが、まだまだ十分鑑賞に堪えるという感じで懐かしいダリアを満喫することができた。
 ダリアは昔から咲き方、花色など多彩でそれが花壇の中で輝きを放つ大きな理由であったが、そのことは現在も同じで、現在ではさらに新しい品種が無数に作り出されているような感じで大いに楽しめた。そんなわけで、きれいな花を観てはカメラのシャッターを切りまくり、およそ100枚近くの撮影をしてしまい、結局収拾がつかずきれいに整理整頓して皆さんにご覧いただくことあたわずで、もうただ並べるしか能のない、何の解説も意見も申し上げることのできない写真集になってしまいました。

 このダリア園のダリアはまだ十分に鑑賞に堪える状況ですので、皆様ぜひ足を運んでお楽しみください。なおこの園は元旦から三日までが休園だけでそれ以外は年中無休とのことで様々な花の苗を手に入れることもできます。また園内には木花と呼ばれる休憩所もあり、店内には町田市内の福祉施設で制作された授産製品が沢山販売され、コーヒーやアイスクリームと共におなかがすけば美味しい蕎麦も楽しむことができます。

頻発する台風と豪雨被害、かっての東京大空襲と関東大震災、そして思い出される学童疎開、どうにもならない避難と復旧

  • 2019/10/29 15:23

 先日来台風15号や19号による想像を絶する被害、あるいは昨年の大坂北部地震による復興の遅れなどから思い切って”日本沈没”などとセンセーショナルな話題を議論した。しかし、10月24日の読売新聞朝刊を見て驚いた。確かに、首都圏には以前から首都圏直下型地震の高い可能性があり(1枚目の写真 https://www3.nhk.or.jp/news/special//saigai/natural_disaster\05.html/ )、その被害の想定がしきりと行われてきた。しかし、そのとき人々は具体的にどこへどのように避難するかがあからさまに議論されてきたとは感じてはいなかったように思う。ところが、なんと、台風19号の巨大さ(2枚目の写真、読売新聞10月19日参照)に仰天したか東京都のある地域がおよそ250万人の広域避難を検討していた事実の報道があった(3枚目の写真、、10月24日)。最近何かと恐ろしい現実と見通せない未来を感じることが多いことから、改めてまた書きたくなった。書くことは自分の頭を整理することだからである。
 その報道には次の様な記述がある(3枚目の写真。拡大してご覧ください)。「5区(東京都東部の江東5区)は、昨年8月に発表したハザードマップで荒川や江戸川が氾濫すると最悪9割以上の居住エリアが水没すると想定。荒川流域の3日間の雨量が『500㍉超』となる場合、水没エリアの住民に埼玉など他県への自主的な広域避難を促し、『600㍉超』で広域避難勧告を発令するとした」
 そして結局はその避難計画を断念したが、4枚目の写真(10月24日)を拡大して是非お読みいただきたい。詳しい結論を簡潔に言うと、今回は江東5区(墨田、江東、足立、葛飾、江戸川)が、地域を貫く荒川流域で記録的豪雨が予想されたとして、最大250万人(5区の人口260万人の90%)を近隣県などへの避難を検討しつつあり、11日に担当幹部が電話会談をしたがすでにその時点で鉄道各社が計画運休を行うことが固まりつつあったため、この計画を断念した、というのである。その結果、それぞれの区内の避難所で対応することになったという。結果的には幸い5区の流域で氾濫や浸水はなかったという(3枚目の写真)。
 ではなぜ避難などの実施を断念したかということは、4枚目の写真の記事に詳しく書かれている。つまり、いざ大規模避難などの実行が現実味を増してくると、10月11日に電話で会談した各区の幹部らは昨年6月の「首都圏における大規模水害広域避難検討会」での具体策のなさが議論の裏側に姿を見たのである。4枚目の写真の地理的関係を拡大したのが5枚目の写真であるが、近隣県への避難となると、東側には埼玉、茨城、千葉、そして西側へは東京西部や神奈川が該当する。
 そんな遠距離避難の手段については検討会では「電車または徒歩」となっていたといい、昨今のように計画運休が頻繁に起こるようになると非常に複雑になり、ことは動かなくなる。また、検討会では「避難場所や避難ルートは決まっていない」というのが共通認識のようで、これでは一歩も進まず、どの区も何十万人を収容できる場所を個別に用意するのは不可能だと断言しているようである。結局、これまでのところ検討会では具体策は全くなく、大規模避難は必要だとのぼんやりした共通認識にとどまっている。そんな状態だから、5区の幹部がそのような避難を検討したことを公にすることさえ拒んだのであろう。

 大規模避難を必要とした歴史は何度かある。そのひとつは福島原発事故を伴った東日本大震災で、それまでには関東大震災や東京大空襲があった。しかし東京大空襲以外では組織的な大規模避難行動はなかったように思う。きわめて組織的に行われたのは太平洋戦争末期のことである。Wikipediaには次のように記載されている。「1944年連合国軍による本土空襲が始まった(北九州の八幡空襲)直後、1944年8月4日、東京都から学童疎開第一陣が出発し、7月の緊急閣議で急遽疎開決定した沖縄県の学童は8月中旬、大阪市からは8月末に移動を始めた。以上の地域以外にも、横浜市、川崎市、名古屋市、尼崎市、神戸市と今の北九州市(当時は門司、小倉、戸畑、若松、八幡の各市)から周辺県への疎開が9月末までに集中的に行われた。疎開児童総数は40万人以上だった」
 この時の避難は国家、すなわち軍主導で組織的に行われたがゆえにそれなりに実行されたと思う。しかし、対馬丸事件のような悲しい事故も生んでしまった。この大規模避難は戦争末期の断末魔の本土決戦を可能にするためにせめて子供たちだけは避難させたいとする意向が働いたのであろう。それでは現在の状況はどうであろうか。首都圏は極度に人口が密集し、江東5区だけで290万で、大水害になれば250万人の避難が必要だという。先日の台風19号では多摩川沿線でも浸水がかなりの規模になった。その領域には数百万人がひしめき合っているのである。そして先日来の鉄道各社の計画運休でも、その計画が少しでも予定を外れれば利用者の大渋滞が発生することはよく分かってきた。首都圏の交通網は素晴らしいという人もいる。しかし、一旦どこか数か所で交通網に破たんができた時には大規模な住民輸送は簡単に破たんしそうである。それは、この10月の台風15,19号による暴風雨、そして21号崩れの温帯低気圧の集中豪雨による関東・東北の被害を見れば、この平時でさえ人の移動の難しさが察せられる。
 しかし、もし大規模避難を首都圏を中心に行うとすれば強い意志を持った実行力と我々が不得意とする横の連携を完ぺきにこなさないと人命を助けるための避難にはならず、むしろ逆の結果を招くことは明らかだと思われる。私はこのブログを書くまでは、避難してきた人々を受け入れるなんてことは考えも及ばなかった。幸い私が住んでいるところはそれほど危険が迫ってくるような場所ではないと感じている。だとすれば、避難ではなく逆に受け入れ側に回ることを考えなければならないのだと実感するようになりつつある。それをうまく繋げるのが横の連携である。
 最後に、4枚目写真の記事の見出しは「250万人避難 『方法ない』」とある。良く考えてみれば、誰しもがそう思うであろう。これは首都圏だけの問題ではなく、今回の三つの連続した災害で日本列島のおよそ半分の地域が密かに麻痺する事態に陥っている。つまりこれは、過密の首都圏の問題だけではなく、過密していない地方においては、災害発生時に避難はおろか復旧もできないという、もう一つの差し迫った問題が待ち構えているのである。

 なお、今回の記事の写真は新しい方法で撮影したもので、これまでのよりは拡大しても鮮明に見られると思われる。ダブルクリックで拡大してご覧いただきたい。特に2枚目の記事は情報量が多い。

八十歳への登竜門は身体の不調の当たり年

  • 2019/10/24 10:41

 1939年生まれの私は先日80歳に突入した。実を言うと昨年春から椅子にしばらく座っていてさて立ち上がろうとすると太腿の裏のハムストリングに張りというか、なにがしかの違和感を感じることが常態となってきた。これはそれまでなかったことで、いよいよ私の身体も高齢化して危うくなってきた。そんなことを裏付けるように、昨年7月にランニング途中に左臀部に強い違和感が残るようになり、お世話になっている佐藤治療院の診察では坐骨結節障害と診断され、それを乗り越えるストレッチの方法とランニングの心得を伝授され、その結果11月中旬の神戸マラソンを前にした11月上旬に一応完治したが、練習不足は当然であった。とにかく年齢枠でのシード権をいただいての神戸マラソンの結果は惨憺たるもので、5時間41分34秒で、一昨年の4時間46分58秒を考えると1時間近くどこかをヨチヨチと走っていたようであった。それにもかかわらずレースの後に高槻の友人たちが開いてくれたパーティは最高で、その時の写真(畑野勝義氏撮影・編集)を再度見ていただきたい。

 さて、今年になってからはもっとひどい体調不良の連続で、1月中旬に私の持病である歯周病を悪化させ、簡単な抗菌剤を2種類飲んだだけでは完治せず、街の歯医者から市立病院に送られ、別の抗菌剤の点滴によってやっと歯周病を抑え込むことができたが、その代償として数日にわたる強い下痢に見舞われかなり憔悴し、貧血状態に近かったことを覚えている。それからは家族みんなで参加することが9か月前から決まっていた東京マラソンに向けてのトレーニングが始まった。子供たちからは東京マラソンに出場できないような病気を見つけないようにと念を押され、それも乗り越えた。最終的には鎮痛・消炎剤を飲んでうまくハムストリングの違和感などを抑え込みながらタイムはともかく東京マラソンを立派に完走した。それについてはまず3月9日に書きあげたブログ 「東京マラソン2019が我が家の一大イベントの舞台に。(1)速報ーレースの準備からスタートライン、そしてゴールまでの苦闘」から始まって追補版(4)に至る長文のブログに精一杯記録した。お読みいただければ幸いである。(http://www.unique-runner.com/blog/index.php/view/307 )
 そのブログ書きが済んでさて秋の神戸マラソンと意気込んで5月を迎えた。実は今年の神戸マラソンは昨年の記録が最悪で予想通りシード権がもらえず抽選に任せたところなんと当たってしまったのである。そんなことでまた走れると喜んだのであるが、5月半ばにまた肉離れを起こしてしまった。比較的軽かったのではあったがそう簡単には完治せず、恒例の6月後半の座間市青年会議所が運営する「座間坂道マラソン」は到底走れず無念のキャンセルとなってしまった。
 その後トレーニングを再開したが相変わらず調子が上がらず、また昨年痛めた坐骨結節障害のような状態になり、9月になるとなんと台風15号、19号と連続して関東および東北地方が襲われ、特に強風吹き荒れた15号では、普通より苦みも少なく少し大きいもの、サラダにも使いやすい細長いもの、そして白いゴーヤなどを沢山収穫して皆さんにも喜んでいただき(2枚目の写真)終盤を迎えていた畑のゴーヤ栽培が打撃を受け、垣根に括り付けてあった支柱は折れるなどの被害も出て今年のゴーヤの終わりになってしまった(3枚目の写真)。そんなこともあり、神戸マラソンの前哨戦ともくろんでいた北千住・荒川河川敷でのタートルマラソン(ハーフ)も台風19号の豪雨により河川敷コースが使えなくなりこれも中止になってしまった。でも、いまになってもまだ坐骨結節障害は完治ではないので、たとえ開催されていてもキャンセルしたであろうことは確実であった。
 そんなことあんなことで、もたもたしていた9月の後半に思わぬ病魔に襲われた。というか何が私を襲ったのかは不明だが、ほぼ一週間体の表面のあちらこちらに発疹が出現した。痒くて赤い発疹で、比較的大きく、身体のあちらこちらを動き回っているような感じで、背中から始まって首、頭、腕、大腿部の表や裏、また膝から下のふくらはぎ部分、それに足の甲や裏にも出ていた。こんな状態で走るわけにも行かず、ただおとなしくしているほかなかった。皮膚科の医師の診断では多形滲出性紅斑と診断された。脚の部分しか写真が撮れなかったので参考のためにその部分の写真を出させていただく(4枚目の写真)。10日ほどで完治した。見てあまり気持ちの良いものではないが、お許し願いたい。

 とにかく、なんといろいろあったのかと我ながら驚く次第です。あとは無理をせずに坐骨結節障害を治し、タイムはどうでもよいから10月で80歳になった私はまだ走っていますよ、と宣言して今年は終わりにしたいものである。そして、来年は心機一転体調をもどしてもう一度サブファイブを達成し、さらにしばらくランニングを楽しむことができるようにしたいものである。皆さんの応援を期待したい。

 なお、ここに恥を含めて書かせてもらったことは私自身の記録や自らへの警告でもあるし、さらには仲間の皆さんも加齢が進んでゆけば私のように故障や怪我だらけになってゆく姿の見本として皆さんへ警告でもある。しかし同時に前向きに、皆さんが同じ年齢では追いつけないようなタイムを積み重ねて皆さんを叱咤激励するためのものでもある。

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