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王朝文化の華 陽明文庫名宝展を観る

  • 2012/06/02 16:44

 度々言うことではあるが、私にとって日本の歴史は途方もなく暗い。その最大の原因は、大学入試の社会科科目では、あまり勉強せずともそれなりの点数の取れそうな気がした「政治経済」と「人文地理」を選び、膨大な記憶を要求される「日本史」と「世界史」には見向きもしなかったことにある。ただ、近代史・現代史の暗部はいまの時代に生きる者としてそれなりに知っておかなければいけないことが多いこともあって、半藤一利氏の「昭和史 1926-1945」や「昭和史 戦後篇」(いずれも平凡社)、また読売新聞社戦争責任検証委員会の「検証 戦争責任I、II」(中央公論新社)などをごちゃごちゃ読んだりもするが、もっと古い時代になるとどうしようもない。だから、ドラマと分かっていてもせっせせっせとNHKの大河ドラマ(いまの「平清盛」など)をまめに見て、また今回のような歴史的に重要な記録が展示される展示会を見に出かけたりするのである(1枚目の写真)。
 したがって、私自身何も知らない時代を几帳面に記録に残し、それを保存してきた近衛家の偉業と保存されてきた「陽明文庫」について私として記すべきことはなく、ただ、その周辺のことについてWikipediaに教えを乞うほかはない。そしてそれをここに記載することによって、ほんの少しだけ私自身の暗部を減らしたいのである。そのWikipediaは「陽明文庫と近衛家の関係」については次のように言う。
 「近衛家は藤原北家の流れを汲む家である。藤原氏は、12世紀に摂政、関白、太政大臣を務めた藤原忠通(1097年 - 1164年)の後、その長男・近衛基実(1143年 - 1166年)を祖とする近衛家と三男・九条兼実(1149年 - 1207年)を祖とする九条家の2家に分かれ、その後近衛家からは鷹司家が、九条家からは二条家、一条家が分かれた。後に近衛、鷹司、九条、二条、一条の5家を「五摂家」と呼ぶようになった。近衛家の祖である近衛基実は藤原忠通が40歳を過ぎてから生まれた長男で、若くして氏長者となり、関白に任じられたが、24歳の若さで他界した。」これについて私の知るところを追加すると、藤原氏は鎌足(614年-669年)を祖とし、基実の時代に近衛家と九条家に分かれたとされ、邸宅が近衛大路に面していたことから近衛家と名乗ったとされる。2枚目の写真の「近衛家略系譜」をご覧いただきたい(ワンクリックで拡大)。いま放映されている「平清盛」に出てくる藤原氏の名前が沢山見つけられる。
 また、陽明文庫そのものについては、「陽明文庫(ようめいぶんこ)は、京都市右京区宇多野上ノ谷町にある歴史資料保存施設。公家の名門で「五摂家」の筆頭である近衛家伝来の古文書(こもんじょ)、典籍、記録、日記、書状、古美術品など約20万点に及ぶ史料を保管している。昭和13年(1938年)、当時の近衛家の当主で内閣総理大臣であった近衛文麿が京都市街地の北西、仁和寺の近くの現在地に設立した。近衛家の遠祖にあたる藤原道長(966 - 1028)の自筆日記『御堂関白記』から、20世紀の近衛文麿の関係資料まで、1,000年以上にわたる歴史資料を収蔵し、研究者に閲覧の便を図るとともに、影印本の刊行などの事業を行っている。これに匹敵するものに九条流摂関家の一条家の「桃華堂文庫」がある。」と書いている。
 近衛家の歴代当主は、藤原道長の日記『御堂関白記』をはじめ、先祖の日記や朝廷の儀式関係などの重要な文書記録を応仁の乱や戦国時代の内乱のような状態にもかかわらず、古文書類などを京都市街地から脱出させて大切に伝えてきたようである。
 また近衛家は多くの教養人を輩出したようで、そのことが貴重な文書類の保存や美術品の収集などを大いに助けたようである。しかしそれ以上に、それまでの歴史的な儀式や彼らの日常を正確に記録し、保存し、それを後世に伝えることが摂関家の誇りと使命であり、そしてそうすることが先祖が築いてきた立場を守ることであったらしいことが今回の展示会で私が感じたことである。その気概のゆえに多大な財力と人力を使ってでもそれを成し遂げたと考えられる。それに比べて我々いまの時代の人間にはそれが欠けていると思われる。我々に欠けているのは我々が名もなき一般大衆であるからではなく、名もある政治のトップにもそれが欠けていることはあからさまで悲劇である。
 私は2008年に「『戦争の記録』と私」という文書をホームページに書いた(http://www.unique-runner.com/sensounokiroku.htm )。その中で、1975年頃の大学で最も私を悩ませた学生からの批判は、「現状の大学を議論するための過去の資料が大学には全く残っていない」ということであった。その批判を受けてから私は、出来るだけ自分の考えを記録して残しておく方向に動き出した。私が書いているホームページやブログは、そのひとつの証である。陽明文庫ほどではないことはもちろんであるが、ささやかではあるが私はそんなつもりで書いているのである。

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