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ふたたび「復元」について思う

  • 2011/11/12 12:41

 9月の初めにブログ「中西康夫の日記帳」が3編を残してすべて消滅して以来、時間を惜しまず復元に取り組んできた。幸いプリントアウトが残っていたものが30編分あったため、それらは同じテキストを入力する手間をかけさえすれば[完全復元]できた。しかしそれ以外のおよそ100編については、とにかく残っている写真を見ながら記憶をたどって[簡易復元]するしかないのである。これまでに新しく書いたものを含めて合計100編になった。多分、まだ復元作業に手を付けてないものはあと30編くらいはあると推定している。
 しかし、実際にやってみると非常に難しいことを実感した。その理由は、時期の近いものは比較的簡単であるが、今回の復元の対象の多くは1年以上も前のものが大半であることである。したがってそれを書こうとすると、しっかり調べないとなかなか書けないのである。お陰でこの直前に書いた桂離宮に関するブログでも、桂離宮に関する様々な観察報告などに目を通さないと、どんな名前の茶屋にどんな工夫が施されていたかなどは到底思い出すことはできないのである。写真はあっても、それがどこのものかが分からないのである。
 そうゆう資料の読み方は、復元のための場合の方が最初に書いた場合に比べてより広くより深く読まなければならないことになる。そうして読んでいるとそれまで感じなかったことがいろいろと気になりだし、また別のものを読まなければならなくなる。そんなことの繰り返しで、読む時間も長くなり書く内容も多くなってしまうのである。
 写真もまた同様である。これまでブログ用に画像解像度を落として用意してあった写真は、実際に撮影した写真の数分の一である。したがって書く内容が増え、必要な写真が増えれば、DVDに書き込んで別に保存しているものから必要な写真を探し出し、それなりの処理をしなければならないのである。実際、[簡易復元]とのサブタイトルがついている記事は、元のものよりはるかに文字数が多く写真も多いのが普通になってしまった。
 これほど厄介なことであるが、でもできるだけ復元したいと思っている。特にこの3月11日以来東日本で起こった「東日本大震災」についての記事復元は難しい。一応3月11日から5月中旬までの新聞はすべて保存はしてあるが、その時の異様な雰囲気が変化してしまっているから難しい。努力はしてみるが簡単に書けそうもない。でも、やってみるつもりである。その訳は、このブログは私のここ2年の日記帳であり、さまざまに勉強させてくれる対象だからである。

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