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太平洋に面した国営ひたち海浜公園にネモフィラやチューリップが爆発!(2)

  • 2018/05/12 16:06

 この海浜公園の花壇ではほぼ1年中多彩な花が咲くように計画されている。この季節には、3月下旬から4月中旬にはスイセン、4月は菜の花、チューリップ、4月中旬から5月上旬にはネモフィラと言うことになっていたが、気温の高い日が続いたこともあり、実情はそれぞれが前倒しになった感じである。ネモフィラは4月下旬ですでに満開であった。

 ひとつ前のブログではネモフィラだけを報告したが、ここでは満開であったチューリップとすでに終わりかけていたスイセンの様子をお見せしたい。ネモフィラの咲いていたみはらしの丘からゆっくり歩いて途中でハンバーグの昼食をとり、さらに最初に入場した公園西口の方向に向かって歩いてゆく遊園地に出会った。そこには大観覧車があり、パターゴルフのようなものから様々な遊具など大人も子供も様々な遊びができるようになっている。また、この公園で広く移動に使われているのはいろいろなタイプの自転車が用意されており、それに乗ってこの広々とした公園内を移動しながら楽しむのはきっと楽しいだろうと思えた。次回もしチャンスがあればぜひ乗ってみたい。
 そこを通り過ぎて西口の方向へ歩いてゆくと、なんと多彩なチューリップが満開のフラワーガーデンがあった。パンフによれば250品種25万本の規模らしく、ちょうど満開の素晴らしい景色であった。その中で珍しく見たこともない形や色のチューリップの写真を様々に組み合わせたのが1~4枚目の写真である。クリックで拡大してご覧ください。なお、4枚目の右下の写真には西口入口に大きく翼のように広がる翼のゲートが見える。
 そして最後の一枚は西口を入ってすぐ左側に広がるスイセンガーデンのスイセンである。三重県の田舎に住んでいた子供時代に、好んでスイセンの球根を植えて楽しんでいたことを思い出した。すでに満開の時期は過ぎていただ、まだ十分に鑑賞に堪える花は残っていた。そのうちきれいで珍しいスイセンの写真を4枚目の写真とした。

 この海浜公園はわが家からはちょっと遠いのが難点であるが、時間のある我々としては決して遠い距離ではないのかもしれない。7月から10月には緑葉と紅葉のコキア、そして冬にはロウバイの楽しみがあるらしい。また訪れる機会があれば、その様子をお伝えしたいと思う。

太平洋に面した国営ひたち海浜公園にネモフィラやチューリップが爆発!(1)

  • 2018/05/10 17:28

 春の訪れが早かった今年はあっという間に夏の気配となり、国営ひたち海浜公園の丘の美しいブルーの花、ネモフィラの群生がテレビに溢れてきた。それを見てなにはともあれ慌てて4月の後半に訪れた。上野駅からJRの特急に乗り換えて勝田駅へ、さらにそこから直通バスに乗り、やっとおよそ3時間半で見るからに広大さを感じさせる翼のある公園西口にたどり着いた。

 Wikipediaによれば、戦前はこの地に日本陸軍の飛行場などの施設があり、戦後米軍に接収されて射爆場として使われてきたが、1973年に変換され1979年に国営公園としての整備が始まったとされる。総面積は東京ディズニーランドのおよそ7倍にあたる350haだが実際に公園として利用されているのはおよそ192haである(2015年現在)。それにしても広い!我々もかなり歩いたが、わずかスイセンガーデン、みはらしの丘(いまは」ネモフィラがあるところ)、フラワーガーデン(今はチューリップ)くらいで1/3か1/4ほど歩いただけのように思う。まずここではブルーの色が美しいネモフィラの花が、これでもかこれでもかと咲き誇っていたみはらしの丘での写真をお見せしたい。でも、余計な説明はしない。
 一枚目の組み写真は、ネモフィラの淡いブルーと菜の花の黄色、それに木々の緑がよいコントラストを示している写真で、空の色とネモフィラの色が一緒で天まで続いているように見える。2枚目は、ネモフィラ畑の中を多くの人がアリのように動き回っていて、それも面白い絵柄になっていてやはり天との境がない。3枚目の写真は、ネモフィラの群生の様子を撮ったもの。ところどころに白いネモフィラがあり、突然変異で色を失った花であろう。4枚目の拡大した写真にもそんな花が見える。それにしても一枚一枚の花弁でブルーのグラデーションが美しい。

 5枚目の組み写真は、ネモフィラの花畑から周りを見た写真である。このネモフィラが咲き誇る丘は標高58mでこの公園内では一番高くまわりがよく見える。左上の写真には遠くに大きな観覧車が、右上には茨城港常陸那珂港区(北の方角)があり停泊している船が見える。左下の写真には公園内を動き回っている汽車のような自動車?が見える。右下には公園全体に存在する休憩所で強い日差しを避けてゆっくり休養することができる。
 いずれにせよ、このネモフィラは450万本あると言い、まさに圧倒的で言葉がない。

第20回記念大会の長野マラソンへ連続17回目の参加! しかし、なんと初のカメラマンとしてだった!

  • 2018/05/07 15:40

 オリンピックと言う名前の付いた唯一のマラソンイベント、長野オリンピック記念長野マラソンに初めて参加したのは62.5歳時の2002年4月14日で、記念すべき私の初マラソンは3時間57分01秒のサブフォーでした。驚いたことにそれから連続して17回目の参加となった今年の長野マラソンには、無念にも走れる身体での参加は叶わなかった。
 1枚目の組み写真をご覧ください(写真はクリックで大きくなる)。上は橋の上を東急田園都市線が走っている。そして下はその少し右側が映っていて新しいビルが林立している。この写真を撮ったのは多摩川河川敷の川崎市側、ビルが見えているのは東京都世田谷区側で、田園都市線の手前の駅は二子新地、向こう側は渋谷側の二子玉川である。この日は3月3日、この多摩川河川敷を会場としてTAMAハーフマラソンが行われた。1週間ほど前にそのコースを下見に来たときはそれほど感じなかったが、実際にスタートして何キロか走ってみるとそのコースの悪さには驚くばかりだった。聞くところによると昨年の二度の豪雨でコースが水没したためだと言う。しかも悪いことが重なったと言うべきか、当日はかなり調子もよくいつものペースより速いペースで走ってしまったことで問題を起こしてしまった。故障は右ふくらはぎに突然やってきた鋭い痛みで一瞬のうちに走れなくなってしまった。幾つになっても懲りない私である。
 結局それは右ふくらはぎの肉離れで、43日後に迫った長野マラソンに向けての佐藤治療院での必死の治療とリハビリもかなわず、ランナーとして参加することはできなかった。しかしその過程で、自分自身が治療とリハビリに積極的に参加でき、運動機能と体の構造、特に筋肉の配置との関係をより深く知ることができたという大きな収穫を得たことは高く評価したいと思っている。
 さて、今回も私と遊んでくれる若い人たち4人の仲間と参加することになっていたが、当日アクシデントで一人が脚を故障して不参加となり3人のランナーの写真を撮ることになった。群衆の中のたった1人のランナーを撮影するのも大変であるが、なんと3人も撮影することになった、そんなカメラマンとしての活躍を報告したい。なお、当日の気象データは、スタート時の気温は13℃で雨、風力0.3、2時間半後には12.4℃で曇り、風力3.0と強くなり、4時間後には風も収まり気温も13.8℃と上がり始めていた。

 私はこれまでも何度か大きな大会で複数のランナーを撮影してきた経験があるが、それを可能にするにはいくつかの条件がある。参考のために以下に記しておこう。まずスタート前に次のことをランナーに確認しておくことが必須である。①どのような色のシャツ、パンツ、シューズで走るのか、②帽子は見付けやすくするには大事で着用するのかどうかを事前に知っておく、③ランナーには走るコースのできるだけ中央部分を走り、決して大勢が応援する歩道側を走らないよう要請しておく、④当然のことだが、ランナーの当日の予定ペースを確認しておく、そして⑤あらかじめ撮影ポイントを決めておき、ランナーもその辺りに来たらカメラマンを探すようお願いしておく。これで終わりではない。カメラマンには非常に重要なことが二つある。ひとつは、撮影ポイントでは大勢のランナーが固まって走ってきても目標を見分けやすい場所をできるだけ探す。たとえば、今回の17キロ地点では少し下り坂で、なおかつ右にカーブしていてランナーを見分けやすいところで待った。もうひとつ重要なことはスマホでランナーを“ランナーズアップデート”と呼ばれるようなアプリによってポイント(およそ17キロと41.3キロ地点)への到着時間を予想することが必須である。私はガラケイなので遠く離れた神奈川にいる家族にスマホかパソコンでランナーを追跡してもらい、そのデータを携帯に送ってもらって撮影ポイントで待機した。合計40通のメールで情報を得たが、これが決定的に重要だった。
 あらかじめ対象者を紹介しておこう。50歳前後の3人で、A君は3時間30分にあと9秒と迫る努力の人で、B君は昨年私と同様暑さに負けて30キロでリタイアし、今年に雪辱をかけ、なおかつサブフォーを狙う苦労人である。C君はこの中で最もタイムがよくすでにサブ3.5で3時間25分を切りたいと密かに狙っていた。まず2枚目はA君の写真で、上の部分は私が17キロのポイントでの撮影場所がわかりやすい。大勢のランナーが坂を下ってくる場所である。下の写真はゴール直前の写真でちゃんと私を探し当ててくれてありがとうだが、かなりの疲労をうかがえ、タイム(ネット)は3:46:06と残念ながらサブ3.5には及ばなかった。3枚目の写真はB君のものだが、最初のポイントへの到着時間が予想より少し遅れたため、彼を見切ってゴール直前のポイントへ急いでバスで移動した。そのため写真はゴール直前のものだけである。彼は歩道側を走るという失態を犯したが、幸い発見が早く事なきを得た。しかも、驚くべきことに写真で見ても分かるとおりランニングの姿勢は私など真似できないほどきれいで、腰高の姿勢でさっそうとしている。しかし彼の後半の5キロごとのラップは、25キロまでが28:44、30キロまでが38:54、35キロまでが31:18、40キロまでが38:50。彼の最後の2.195キロのデータを計算すると、彼の最後のラップは31:21となり、さっそうたる彼の走りは理解できる。したがって彼の走り全体に言えることはラップの変動が激しく、安定した走りにほど遠いのはいささか残念である。そんなわけで今回のタイムは4:33:23で、そのばらつきを改善すれば来年はサブフォーを期待できるかもしれない。楽しみに待っている。
 4枚目はC君の写真で、17キロ地点での写真とゴール前の写真の2枚である。いずれもよい表情で写っているが、下の写真を撮る少し前の写真ではカメラマンを探すでもなく、ただただ遠いところを呆然と見つめながらひたすら走っている感じで、なにかゾーンに入っているというか無我の境地で走っていると感じた。それほど自然に体が動いていたからこそ自己ベストを3分半も短縮して3:22:32という素晴らしいレースができたのであろう。しかし、ここに出してはいないけど、ゴール前の写真をつぶさに見ると膝が曲がったままで走っている様子がうかがえ、下半身に上半身が乗っていない、つまり腰が落ちていると言える状態が見えてくる。腰の高さをもう少し上げて重力を使えるようにすればもっとタイムの大幅な短縮が期待できるかもしれない。この仲間にはC君をはじめ理屈好きが集まっているから、次の全体の反省会では(明後日だったかも)その辺りの専門的な考察を期待している。場合によってはいずれサブスリーもあるかも!!!
 最後の組み写真はゴール後のバスに乗るまでのひとときの写真である。三人三様で今回のレース結果を正直に映し出している。この中の女性一人は、サービス精神にあふれた高橋尚子さんである。この時間帯では、ゴール時は冷たい風が吹き寒々とした雰囲気であったのが一転して晴れ間がのぞき、風も収まり暖かくなってみんなの気分も落ち着いてきた。傘もいらないこんな天候の中で写真を撮りたかったが、それでもまあまあの仕事ができたと思っている。来年は走る側に回りたい。

 この後バスに乗って長野駅にたどり着き、厳しい反省会と盛大な打ち上げがあったのは言うまでもない。

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