記事一覧

驚異の電磁パルス(EMP)攻撃によってますます安易に使われかねない核爆弾の脅威

ファイル 275-1.jpg 2017年9月3日に6回目の核実験を強行した北朝鮮は2日後の国連軍縮会議で、6回目の核実験は「米国への『贈り物』」とした上で、「無謀な挑発や圧力を続ける限り、米国はさらなる贈り物を受けることになるであろう」と警告したという。その記事が1枚目の写真である。その記事の右下には、今回の核実験の規模は、ヒロシマ型原爆の10倍を超え、水爆であった可能性もあるとのことである。
 それまでのICBMの連続発射実験や今回の実験を含め、何が北朝鮮の強気を支えているのかを示唆する記事がその一日後の読売新聞で見られた(2枚目の写真)。それによると北朝鮮は3日の核実験の中身は、「高空で爆発させて広大な地域に対する超強力な電磁パルス攻撃をできる熱核弾頭だ」と主張し、初めてその開発に言及したという。そしてその記事は、うかつにも私など全く考えてもいなかった電磁パルス(EMP, ElectroMagnetic Pulse)攻撃の実態を示すものであった。いかにその内容を少し引用しよう。
 米エネルギー省が1月に公表した報告書によれば、「EMP弾は、最高400キロメートル程度の高高度での核爆発によって生じる電磁パルスにより、人を直接殺傷したり建物を崩壊させたりせずに電気、通信、交通など社会インフラ全体を壊滅させる核攻撃だ。たった一発で甚大な被害を与え、高度に電化された先進国ほど影響を受けやすい」、という。また、2004年に米議会に専門家委員会から提出された報告書によれば、ファイル 275-2.jpg「米国全土で社会インフラが崩壊し、復旧に数年を要した場合、食糧や燃料、医薬品などの不足と衛生状態の悪化が起こると指摘。深刻な疫病と飢餓が生じる結果として『1年後には米国人の90%が死亡』」と予測しているという。とんでもない話である。日本の上空100キロで10キロトンの核爆弾が爆発した場合、ほぼ日本全域に上に述べたようなことが起こりうると考えるしかないのであろう。もはや自衛隊が持つ地対空ミサイルでどうにかなるような話ではないのであろう。
 このようなEMP攻撃に対する防御策は乏しく、米国などはかなり気を使っているようだが、上のような報告書が出るようではそれほど対策が進んでいるようには思えないし、日本や韓国などはほとんど何もないに等しいような気がする。要するにこの電磁パルス攻撃とは、先日来話題になった太陽フレアで小規模ながらオーロラが見られるかもという話だったり、通信が混乱したりGPSによる位置情報が狂ったり(事実3倍程度の誤差)、または日本の衛星が使い物にならなくなったりという話と原理的に同じである。ファイル 275-3.jpgこのブログを書き始めた時に私が住む地方では落雷があり、瞬間的に停電したが、これを防ぐにはいまだに怖い怖いと言って地中深く潜るか、鉄の塊の中に入るしか手がないのであろう。このような雷が散発するような簡単な話ではないのが面倒で、どうにもならないと言ったほうが間違いがないのでであろう。
 なお、このEMP攻撃については、短くコンパクトにまとめられた読みやすいコラムが9月8日の同じ読売新聞にある(3枚目の写真)。時間のない方はそちらをご覧ください。
 このように考えると、核爆弾は持ったほうが勝ちなのである。だから北朝鮮はそれを熱望し、中国は「北朝鮮は雑草を食ってでも核戦争の準備をする」と断言する。同時に核を持たず、幸か不幸か電子化された社会に住む我々にとっては、直接人を殺傷したり建物を壊したりしないEMP攻撃は核使用のハードルが随分下がるように思えて益々嫌な気がする。
 では、一体どうしたらよいのだろうか。こんな時代にもはや圧力一辺倒なんてありえないと思う。日本と北朝鮮の関係は小泉首相時代の短い期間を除いて圧力一辺倒しかなかったといっても過言ではない。近代日本の朝鮮半島政策を見ても朝鮮半島に住む人々の恨みは消しようがないのだろう。北朝鮮を後ろから支えてきた中国にしても同じと思う。いまや安倍内閣と自民党は「100%アメリカと共にある」という。ファイル 275-4.jpgいつからそんなことになってしまったのか。こんな政権は我々のためにはならない。
 北朝鮮を唯一制御可能な中国とのまともな関係を構築できなければ、所詮圧力を声高に叫ぶしかないであろう。同じ9月8日の読売新聞には日中国交回復45周年を前にして、元人民日報論説委員の馬立誠(マーリーチョン)氏の勇敢な意見を掲載している(4枚目の写真)。私が勇敢なと言うのは、いまの中国ではリベラルな発言者がことごとく封じ込められていることを心配するからである。彼の論文は、8日発売の中央公論10月号に「人類愛で歴史の恨みを溶かす・・・『対日関係新思考』を三たび論ず」と題して掲載されているらしい。早く手に入れて読んで勉強したいと願っている。なお、この時期に読売新聞がこの手の論文について掲載しているのは、読売新聞自体が、この現状を完全に行き詰っていると理解しているからであろう。これには最初に述べたEMP攻撃のことも関係していると感じるので、同時にこのブログの話題にした。
 なお、最後に今回の写真の質が特に悪いことをお詫びしたい。

追伸;
 中央公論10月号の馬立誠氏の論文を読んだ。氏は人類愛の基本元素について次のように述べる。「ヴォルテールが『寛容論』で語るように、人類が幸福と安楽を求めるならば、当然、寛容、温厚でなければならないのだ」。簡潔であるが、私には納得がゆく。皆さんにも是非お読みいただきたい。

巷にあふれる「差別化」という言葉、私は大嫌いだ!

ファイル 272-1.jpg 1枚目の写真は、7月27日の読売新聞朝刊の記事である。それは神奈川県相模原市で起こった、まだ忘れることのできない悲惨な事件から1年目の記事のものである。その事件は現場となった知的障害者福祉施設「津久井 やまゆり園」の26歳の元職員による殺傷事件で、19人が死亡した戦後最悪の殺人事件である。そして報道によれば、容疑者の口からは想像を絶する差別の言葉があふれ出ている感じがしている。
 この国における職業や身体的特徴などに基づく差別の歴史はきわめて古いことはそれなりに承知しているし、子供のころ私が育った田舎でも差別があったことは薄々知ってはいた。それでも、それを表現する“差別用語”を口にすることのおぞましさは、なぜか気になっており、一切口にすることはなかったと自信がある。そのようにさまざまな“差別用語”を口にしたくない、あるいは口にした時のうしろめたさは今の年齢になるまで変わらない。
 そんな私を悩ませているのは、巷に氾濫する「差別化」という言葉である。たまたま7月25日の読売新聞の記事(2枚目の写真)にその言葉が出ていたのでここに使うことにした。この読売新聞のこの記事の目的はすでに多々問題になって安倍内閣改造につながったことであり、ここで特に問題とはしない。ファイル 272-2.jpgこの記事写真の左側の傍線を引いた部分の記事を拡大したのが3枚目の写真である。そこには、『差別化できるよう、よく検討していただきたい』との言葉が躍っている。
 なぜか「差別」という言葉が気になって口にできない私にとって、「差別化」も同様である。ブリタニカ小百科事典によれば、差別という言葉は英語では"discrimination"で、「特定の個人や集団に対して正当な理由もなく生活全般にかかわる不利益を強制する行為をさす。その差別的行為の対象となる基準は自然的カテゴリー (身体的特徴) の場合もあれば,社会的カテゴリー (所属集団) の場合もあるが,いずれにせよ恣意的な分割によって行われる」とある。このことが行われて問題が発生するのは、単純に言えばその対象に対して「優劣」をつけることからくる、と私は思う。
 一方「差別化」であるが、英語では"differentiation"で、コトバンクによれば「一方を高く、一方を低く取り扱うこと。あるいは、同類の他のものと違いを際立たせること」とあり、どちらかといえば企業戦略において頻繁に使われ、「違い」を明確にする意味が強いと思われる。したがって、「差別化」は「差別」のように恣意的に優劣をつける、あるいは分割するなどのニュアンスを元々持たないが、「差別」という言葉の強い影響を受けて私などが“口にするのもはばかる”という状況が生まれてくる。
 しかしネットでこの「差別化」を調べてみると、私のように「差別化」そのものが「差別」というニュアンスの延長線上にあると感じる人が多いのが実情のようである。実はこのことが大変私には気になっている。つまり、多くの人々がグローバル化の波の中での企業戦略で「差別化」という言葉を無自覚に頻発することで、ファイル 272-3.jpg「差別」という慎重でなければならない感覚が、若い世代も含めて麻痺が進んでゆくのではないかと心配するのである。あえて言えば、そのような自覚できない麻痺が止むことのない学校や社会でのいじめや、障害者施設での思わぬ凶悪な事件の底流になっている可能性を否定できないのである。
 それはともかく、私は「差別」はもちろん「差別化」という言葉を、たとえ企業戦略の一つであっても、日常的に聞きたくない。これは私の個人的な感覚だけではないと思うので、あえてこのブログに書かせていただきたい。きっと誰にでも、ある種の言葉は使いたくない、口にするのもおぞましいと思うものがいくつもあるに違いない。私の育った環境がこのような“差別”という響きを持つ言葉に対して嫌な感覚を私に植え付けてくれていたことに心から感謝している。それを維持することがとりあえずの私の責務である。
 是非、新聞やテレビなどのマスメディアもこの「差別化」という言葉を嫌な感じで受け取る人間がいることを考え、安易に使わないでもらいたいと切望する。

親と子、祖父母と孫との会話の先に世界地図があった

ファイル 269-1.jpg 「イスラム国」壊滅作戦の終盤と言われた先週、孫娘が我が家のバアバに“アフリカの国境線がなんで真っ直ぐか知ってる?”と問うたと言う。そう言われた私は一瞬何のことを聞かれたのかと判断に窮したが、やがて徐々にわかってきた。いつの間にそんなことを言う年頃になったのかと驚くとともに、中学一年生の地理の教科書はそんなこともネタになっているのだと少なからず驚いた。そんなことは当たり前だという人もいようが、そんなことを教わった記憶がない私には(たぶん忘れたのだろうが)、それは大事なことだと直感した。
 孫娘からその教科書(帝国書院)の4か所の写真をもらって、2枚の組写真にしてここに提示する。1枚目の写真は、その教科書の表紙と国境線には様々なタイプがあるという図の写真である(写真はクリックで拡大してご覧ください)。ファイル 269-2.jpgその図の左上には北東アフリカの真っ直ぐな国境線が見えるが、それ以外はおおむぬ曲がりくねった線の図で対照的である。その説明は2枚目の写真にあり、一般には自然を利用した国境線が多く、直線的な国境線は緯線、経線などを利用したものであり、アフリカ州に多いとある。そしてそのような国境線は、“アフリカの植民地化を進めたヨーロッパ諸国が、それぞれの都合で引いたもの”と断定されている。
 このような直線的な国境線が引かれた地域は、そこに住む人々、民族などが様々な歴史とは無縁な形で分断されたことが容易に想像され、それがその後の紛争の大きな背景となっているのは事実であろう。もちろん、紛争の歴史はそんな国境線の問題だけではなく、ヨーロッパ列強が世界中で引き起こした覇権争いが極めて深刻な影響を及ぼしたことはもちろんである。
 ちょっと話題を「イスラム国」に戻せば、「イスラム国」が明確に発生したのはアメリカのイラク攻撃に端を発するといわれる。ファイル 269-3.jpg当時ニクソン大統領が、イラクが大量破壊兵器を隠し持っていると断じて攻撃を行ったことが原因の一つともいわれる。しかし、それ以前からアラブの世界を列強の意のままにしようと介入を続けたイギリスやフランスなどの責任は免れない。その戦闘や謀略の有様は、「アラビアのロレンス」(1962年)という長編映画に詳しく描かれ、今でもまたみるべき映画だと思っている。
 その「イスラム国」が3年間支配していたモスルをイラク軍が奪還したとする報道(7月11日読売新聞)が3枚目の写真であり、そこには戦闘員が世界に拡散することが予見されている。そして4枚目の写真には、その主たる拡散先が政情不安なアフリカになることを報じている。そこはまさに直線的な国境線で仕切られた国々である。もしこのようなことが現実だとすれば、このような「イスラム国」まがいの紛争は今後も収まることは期待できないであろう。今の中東での紛争はかっての「アラビアのロレンス」の時代よりはるかに複雑になっており、その紛争の後ろにはアメリカやロシアの影が色濃くなってきている。したがって、このような紛争の現実やその種は世界中にばらまかれていて終息の方向には全く向いていない。朝鮮半島の38度線も同じである。せめてそのような現実を知る努力を細々とでも試みるしかないというのが、このブログを書く目的である。
 私たちは北アメリカ大陸は安定した地域であるとみなしがちだが、ファイル 269-4.jpgアメリカとカナダの国境線はほぼ直線でありいまでも国境問題は残っている。実はアメリカ大陸のヨーロッパ列強による分捕り合戦は熾烈を極め、カナダについてはイギリスとフランスがせめぎあいを続けた。この過程で、いわゆる先住民に対する過酷な攻撃は西部劇の題材となり、また17世紀の初めから国境周辺にはヨーロッパ商人と先住民との混血が進み、それらを交えた複雑な事情が「北西騎馬警官隊」(1940年)という映画にかなり詳しく描かれている。また、アメリカによるテキサス州取得に関してはメキシコとの多くの犠牲を伴った戦いがあった。それでも南北アメリカ大陸を通して中東などと比べて現在比較的紛争が少ないのはなぜか私にはよく理解できないが、憶測すれば混血が比較的早く進んだのもその理由の一つかもしれない。アメリカはもともと分捕り合戦の過程に生じた多民族社会であり、カナダではその人口の1%がヨーロッパ人と先住民との混血であるメティスであるとされており、驚くべき実態である。
 このように見てくると、国境線の形一つを眺めていけば様々な世界が顔を見せてくれる。今後も眺め続け、孫たちともそんなことをネタに会話ができれば幸いである。

ページ移動