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熊本の人吉から鹿児島を走り回って420キロ-(5)火山の島 桜島

  • 2012/09/04 13:09

 九州最後の夜を、九州新幹線鹿児島中央駅に隣接しているJR九州ホテル鹿児島で快適に過ごした翌朝、桜島にわたってみることにした。鹿児島中央駅から桜島フェリー港までは車で10-15分という近いところにあり、フェリーも10-15分間隔で出港しているのでほとんど待つということはなかった。1枚目の写真はフェリーから撮った写真であるが、望遠レンズを使っているので直近の桜島をワンショットでというのは無理であったが、上の方が雲に覆われていて雨もぱらつくような天候は想像していただけるであろうか。
 フェリーでの時間は15分くらいだっただろうか、すぐに着いてしまったという感じであった。港の傍にビジターセンターがあり、そこでの情報を基に「黒神埋没鳥居」のある場所まで車を走らせることにした。道はよく整備されているが、急カーブがあるかと思えばなにも無いところに道路を作ったという感じの長い直線道路があったりで、火山弾が降り注ぎ溶岩が流れて作られた台地の道かと考えさせられた。
 その“黒神埋没鳥居”は桜島を半周したあたりにあり、そばに黒神中学校があった。2枚目の写真上部の立て看板をお読みいただけるとその時の様子が分かる。それは大正4年に起こった大爆発の様子とその被害について書かれており、この黒神地区でも全戸687戸が火山灰に埋没し、この写真下部に映っている鳥居もそのほとんどが埋没している。この地区に住んで火山活動を経験していない私にはそれを実感することは難しいが、恐ろしいを通り越す感覚だったのではなかろうかと思う。しかしそれも言葉以上ではない。
 そんなことを感じながらゆっくりフェリー港方向に戻り、有村溶岩展望所に立ち寄った。3枚目の写真にあるように道路は溶岩原に作られた溶岩道路であり、溶岩の崩落を防ぐためにあちらこちらに大規模なフェンスが造られていた。それはいま5千人の住民を守るためでもあり、多くの観光客の安全を確保するものである。いざ噴火となれば大小さまざまな火山弾が降り注ぐのであろう。それから住民や観光客を護るため、写真に見られるような避難所がそれぞれの家の、また人が集まるところには造られている。それは阿蘇火口に近いところで見たものと同様である。
 また、常に噴煙を上げ、小規模な爆発を繰り返している桜島には当然大量の火山灰が蓄積している。それらは雨が降れば恐ろしい土石流となって流れるのであろう。その暴走を防ぐためにあちらこちらに堤防状の構造が造られており、また土石流を安全に流すための“川”をいくつか見ることができた。写真にあるのは“引ノ平川”で、水は見られなかったが、普通の雨水を流すためでもあると共にいざという時の土石流をも制御して流すために作られているのであろう。大変な努力だろうと思う。
 私はかってハワイのハワイ島のキラウェア火山の溶岩原を見たことがある。私が見たのは比較的平坦で滑らかな溶岩原だった。それはキラウェア火山の溶岩の粘度が低く、サラサラと流れて大きな塊を作りにくいためだと聞いたことがある。そして私が見たところにはほとんど植物は生えてはいなかった。それに比べると桜島の溶岩原は、大きいものから小さなものまでさまざまな溶岩の塊があちらこちらに散在し、植物はその間に低木の松が生えている風景であった。それが山の斜面から錦江湾の水際まで続いているのである。
 いまもこの島には5000人ほどの住民がいる。この人たちを支えるのは観光産業であろうか。桜島自身が大きな観光資源であると共に極めて危険な存在でもある。それでもその観光資源を巧みに利用して生き続けるしかないのであろう。火山島のため多くの温泉があるが、水際をちょっと掘れば温泉がわき出てくるようである。そんなこともまた体験してみたいものである。ビジターセンターの鹿児島市寄りには長い足湯が造られていた。そこでは写真のように子供たちや多くの観光客が足湯で遊び楽しむ姿が見られた。そうやってこの島は生きてゆくのであろうか。

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