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2011年10月の記事は以下のとおりです。

[簡易復元] 高槻の5月、ポンポン山、本山寺、鯉のぼり、そしてジャズストリート

  • 2011/10/13 11:42

(この記事は2010年5月に書かれたものであるが、オリジナルが失われたため、簡易復元する)

 関西の人に高槻と聞けば「摂津峡」、「ポンポン山」と答える人が多い。それほどこの二つは有名だが、幸い摂津峡は私の家の庭と言ってよいほどだし、ポンポン山は歩いても3時間ほどのところでそれほど遠くはないのである。摂津峡のことはまた書くとして、今回は本山寺とポンポン山のことを少し書こう。それに鯉のぼりとジャズストリートである。
 家から歩くとちょっと時間がかかるので車で本山寺の駐車場まで車で行き、そこから歩いて本山寺の脇を通り、比較的なだらかな山道を歩くこと約1時間、ポンポン山頂上に着いた(1枚目の写真)。写真にもあるように、その頂上部分はきれいに開かれていて、以前は見えなかったはずの高槻や京都方面が見えるのには驚いた。そのわけは次のWikipediaの記述で分かり、それにまた驚いたのである。
 「ポンポン山(ポンポンやま)は、京都府京都市西京区と大阪府高槻市の境界に位置する標高678.7mの山で、西京区及び高槻市の最高峰である。山頂の二等三角点は西京区に所在する。古くは加茂勢山と呼ばれていた。山頂わきを東海自然歩道が通過しており、一年を通じてハイカーが多い。また、1月1日の初日の出の際には、山頂で日の出を迎えようとする人がかなり多く、南に位置する本山寺では元日の未明には登山者に対して甘酒を振舞う。
 山頂はベンチやテーブルの設備もあり、休憩に適しているが、樹木の成長により、一時展望がほとんど無くなっていた。近年一部の樹木が伐採され、京都市南部方面と大阪市・高槻市方面の展望が良好に得られるようになったが、この伐採は実は心ないハイカーが地主に無断で違法に行ったものである。この行為は刑法の器物損壊並びに森林法の森林窃盗にあたるため、地主は警察に被害届を出すとともに、現在ヒノキの植林を行っており原状回復に努めているが、元に戻るには30年はかかるとしている。」
 なんと無断伐採などというそんないきさつがあったのである。まったくそんな不見識なことが許されるはずもないが、確かに展望は良くなったのは事実で、どこかで話が折り合えればとは思う。そのポンポン山の由来である“ポンポン”は、昔から頂上に近づくと足元でポンポンと音がするとのいわれから出た名前のようであり、そんな場所があるとも言われるし、どこかに空洞があるのではという話もある。本当のことは分からない。
 しばし頂上で休んでから下山し、途中にある本山寺に立ち寄った。大変古いお寺で由緒ありそうなお寺なのでいつものようにWikipediaにお尋ねした。
 「本山寺(ほんざんじ)は大阪府高槻市にある天台宗の仏教寺院。山号は北山。本尊は毘沙門天。鞍馬寺、朝護孫子寺とともに『日本三毘沙門天』とも言われている。本堂寺伝によると、持統天皇10年(696年)に役小角が葛城山で修行中に北西に紫雲のたなびくのを見て霊験を感じ、北摂の山に来て自ら毘沙門天像を彫り、堂を建てて修験の道場として開山したのが始まりと伝えられている。その後、宝亀年間(770年頃)に光仁天皇の子・開成皇子が諸堂宇を建立して本格的な仏教寺院として創建したと伝えられている。北摂三山寺として、根本山と号する神峯山寺、南山と号する安岡寺とともに北山と号して天台宗に属している。
 天正10年(1582年)の山崎の戦いの際に高山右近の兵火に罹り焼失したが、慶長8年(1603年)、豊臣秀頼が鐘楼、楼門などを再建。宝永年間(1705年頃)に5代将軍徳川綱吉の生母・桂昌院が大改修を加えた。現在の中の門は、伏見桃山城から移築されたと伝えられる。
 戦国時代には、松永久秀がこの寺で立身出世を祈願し、その後望みがかなったことから五百住にある所領の良田を寄進しているほか、芥川山城より機内に権勢を振るっていた三好長慶や、キリシタン大名としても知られる高山友照・右近親子、甲斐国武田信玄の信濃侵攻により駆逐され三好家に身を寄せていた前信濃守護・小笠原長時らが寺領の安堵状を出している。また江戸時代には、高槻城主・永井氏や皇室などの崇敬を受けている。」
 また、本山寺とポンポン山の間には大きな杉の木があり、本山寺縁起によれば、「大杉は古来より天狗杉と称して鞍馬、愛宕、本山寺、箕面に飛翔する天狗の休息の地」と言われているようである。古の昔には京から北摂の間を天狗が飛び交っていたのであろうか。なにか不思議な感覚で、ちょっと空を見上げたい気分がする。

 そんな山を下りて平地の高槻においては、いまや高槻の大切なイベントになった「高槻ジャズストリート」が毎年ゴールデンウイーク中にあり、同じ時期に摂津峡を流れ下った芥川沿いで大規模な鯉のぼりが川幅いっぱいに5000匹?と言われるほどの数が泳いでいる。この高槻ジャズストリートは1999年に“音楽溢れる高槻の街”を目指してボランティアによって始められ、いまでは毎年10万人以上を動員すると言われる。2008年には15万人を集め、今年は577組のジャズメンが46会場で演奏した。Wikipediaによれば、
 「2001年に財団法人大阪21世紀協会が選ぶ「大阪スグレもの21賞」を受賞し、2005年には、第22回『大阪府まちづくり功労者賞』を高槻ジャズストリート実行委員会が受賞している。第10回を迎えた2008年には観客動員数が15万人を超え、日本最大級のジャズイベントとして2009年1月27日に大阪ミュージアム登録物に認定され、だんじり祭、天神祭などと共にベストセレクションに選ばれている。」
 私も毎年5月3日、4日は空けており、楽しく明るい雰囲気とジャズバンドを聞きながらのビールを楽しんでいる。来年もまた楽しみにしている。

アサガオ、その栽培はなかなか面白そうだ

  • 2011/10/12 22:09

 アサガオはわが国では江戸時代から多彩な突然変異体が分離され、それが維持されてきた面白い存在であることは知っていた。その多くは九州大に維持されており(http://mg.biology.kyushu-u.ac.jp/ )、興味深い存在ではある。
 我が家のベランダには、私が植えたものではないが、小さな15センチ足らずの鉢に5本のアサガオが植えられたものがある。この苗からはひょろひょろと蔓が伸びて幾つかの花が咲きだしたが、どうもそれほど沢山の花が咲きそうにもなかった。そんな時、ラジオで何かの拍子にアサガオの育て方を伝えていたのを聞いた。でも、それほどはっきり聞いていたわけでもなかったので、内容は余り定かではなかった。でも、蔓は伸び放題にするな、夜間に光にあたる場所にはおかないこと、花が咲くようになれば水は十分に与えること、などなどをしゃべっていたような気がした。
 そこで思い切って、蔓の摘芯をしていたずらに蔓が伸びるのをさめさせた。さらに化成肥料とともに水を十分に与えた。それは驚くべき効果を持っていた。ほとんど毎日といってよいくらい20個以上の花が咲くのである。いまだに昨日は何と39個の花が咲いた。
 そこで、アサガオの栽培の仕方をネットで調べてみた。「アサガオ蜂の管理方法」(http://allabout.co.jp/gm/gc/72847/2/ )を抜粋すると次のようなことが書いてある。
 「鉢は日当たりの良い場所に置いて管理しますが、夜間は照明の当たらない無い場所に置きましょう。アサガオは短日植物なので、『ツルは旺盛に伸びるのに、花がいっこうに咲かない』といったケースは夜間の人工照明などが影響している事が多いのです。買ってきた鉢植えの底から根が出ている場合は、既に鉢内が根で一杯になっていることがあります。そんなときは、一回り大きな鉢に根鉢を崩さないように植え替えてあげましょう。
 水やりは蕾が見えるまでは、鉢土が乾いてからたっぷり与えるようにします。蕾がふくらんできたら、毎日水やりをするようにします。夏場は、朝の水やりだけでは足りない場合もあります。葉先がしおれたようになっているのも水切れのサインですから、もう一度水やりするなど開花中は水切れに注意します。肥料は、1000倍液肥を月に2~3回与えます。」
 要するに、蔓は伸び放題にせず適度に摘芯し、新しく出てきた芽も適度に摘み、水は十分に与え、夜間の光は極力避けるようにするのであろうか。我が家のアサガオはいまだに毎日20個以上、多いときには30個以上の花をつけているのでうまくいっているようである。毎朝起きてすぐ、新しく咲いた花を見てその数を数えるのも楽しい。その時に同時に昨日咲いてもうしぼんでしまったものを切り取るようにしている。いま咲いているアサガオは青色であるが、午後になると紫色に変化してくる(5枚目の写真)。どうしてだろうか。
 今年はアサガオについては少し勉強したので、来年はもう少し上手に楽しくアサガオを咲かせてみたいものである。

高齢者には肺炎が恐ろしい!

  • 2011/10/12 13:48

 日本人の死因の第4位は肺炎である。また、その95%以上は65歳以上である。この10月8日の新聞広告は高齢者にとって大切な情報を伝えている。そしてその主たる原因菌は肺炎球菌である。したがって、肺炎球菌に対するワクチン注射は最強の予防措置である。
 このワクチンについては、日本ではこれまでは一度ワクチンを接種した後は、その効用を維持するための再接種に対して慎重で、原則的には再接種しないことが普通であった。しかし、アメリカなどでは初回接種時から5年経過すれば再接種に問題なしとして解禁した事情もあり、日本でも最近見直され、日本感染症学会は平成21位年に再接種に関するガイドラインを発表した。それには次のように書かれている。
 「肺炎球菌感染症は頻度が高く、しかも重症化しやすく、65 歳以上の高齢者においては肺炎球菌が肺炎の原因菌の第一位を占めている。さらに近年では、ペニシリンをはじめとする多くの薬剤に耐性を示す多剤耐性肺炎球菌が急増しており、治療困難例も増加している。高齢化社会の到来した今日、その治療だけでなく予防は極めて重要と考えられる。23 価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(ニューモバックス®NP、以下、本ワクチンと略す)による予防効果は薬剤感受性に影響されないため多剤耐性肺炎球菌に対しても有効であることが大きな利点である。本ワクチンの予防効果は5 年以上持続するとされているが、接種により上昇した特異抗体濃度は時間の経過とともに低下し、高齢者や呼吸器、循環器に基礎疾患を有する人では低下しやすい傾向にあることも報告されている。特異抗体濃度の低下は肺炎球菌感染症の重症化リスクの増加につながるおそれがあるため、抗体水準を維持するために再接種が必要となる。
 米国における1970 年代の研究では、14 価の肺炎球菌ワクチンを2 年以内に再接種された成人の注射部位に初回接種時と比べて強い局所反応(Arthus様反応)が発現したことから、1983 年承認当初には米国でも再接種が禁忌とされていた。しかし、その後の試験において、4 年以上の間隔を空けて再接種すれば、初回接種時に比べて副反応の発現率は増加しないことが確認されている。これらの結果を踏まえ、米国では1997 年以降肺炎球菌ワクチンの初回接種から少なくとも5 年が経過していれば再接種が条件付で認められている1)。現在では、承認販売されている38 ヵ国中、日本を除く全ての国で本ワクチンの再接種が行なわれている。また、英国、フランス、ドイツ等ではハイリスク者に対し5~6 年ごとに繰り返し接種することも認められているなど、わが国を除く世界各国では再接種が既に公知のものとなっている。」
 詳しいことはともかく、以上のような経過からわが国でも検討が進められ、平成21年(2009年)にガイドラインが明らかにされた。そして、現在は一度接種しても5年以上経過すれば再接種時の副作用は大きなものではないということで早めに接種することが推奨されるにいたった。
 私はすでに数年前、ある医師から接種しておいた方がよいと言われていたが、同時に再接種は日本では公認されていないとも伝えられていた。ただし、“副作用は再接種から5年経てば心配することはないですからまたおやりになればいいんですよ”とも言われていたが、まだ元気だから何歳ころに接種しようかと考えていたのが本心であった。5年経てば再接種がオープンに行えるとなれば、案外早くこのワクチンの接種を受けておいた方が、より危険な年齢になった時に再接種を受けられ、高い抗体価で肺炎球菌に対抗することが可能になると考えられる。
 知り合いの方の話によれば、確か8千円ほどだったとのことでその程度で肺炎を避けられるのであれば安いものである。私も近いうちにと考えている。なお、小児用のワクチンも開発されていて、多くの自治体では公費補助も行われているはずである。とにかく、写真の新聞広告をクリックして拡大し、きちんとお読みになることをお勧めする。

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